今こそ読みたい【ドストエフスキー】の代表作とは?波乱万丈の生涯が生んだ傑作の数々

2020.04.30

フョードル・ドストエフスキー(1821年~1881年)は、ロシアを代表する文豪の一人です。政治犯として死刑判決を受けたことがあったり、ギャンブル好きで常に借金に追われていたなど衝撃エピソードも多い作家です。その人間臭い経験からか、生々しく人間の本質をとらえた傑作をいくつも輩出しています。そんな彼の数奇な体験から生まれた代表作をご紹介します。

ドストエフスキーについて

ドストエフスキーの作品に共通するのは、貧困にあえぐ一般庶民の生活を題材に描く、地を這うようなリアルで暗い世界観です。少し読めばすぐにドストエフスキーの著作とわかる独特の世界観は、ほかならぬ彼自身の実体験がもととなっているといわれます。

ドストエフスキーは、モスクワの貧民救済病院の次男坊として生まれました。幼いころから貧しさにあえぐ庶民の生活を間近に見ていた彼の出自は、貧困にスポットライトを当てた作風に影響しているのではないかと言われています。

またドストエフスキー自身、作家として十分な収入があるにもかかわらず浪費癖があり、お金が入るとすぐにギャンブルで使い果たしてしまうため、常に借金を抱えていたそうです。

作家としてデビュー

ドストエフスキーは、17歳の時にサンクトペテルブルク工兵士官学校へ入学し、その後工兵局に勤務したものの、1年足らずで辞めてしまいます。

その後作家を志し、25歳の時に『貧しき人々』で文壇へとデビューを果たします。処女作にもかかわらず評判は上々で、批評家たちに大絶賛されます。作家としては華々しいデビューといえるでしょう。

政治犯として死刑宣告を受ける

華々しいデビューを果たした彼ですが、「貧困な一般庶民の現実」をテーマに据えるドストエフスキーの姿勢は、皇帝制を敷く当時のロシアでは必然的に居心地が悪いものでした。社会主義の影響を色濃く受けている彼の著作は、権力ににらまれることとなってしまいます。

そして事件は起こります。ドストエフスキーが28歳の時、ペトラシェフスキーという人物が主催する、空想社会主義(マルクス以前の、貧者への富の分配を通じて平等を図るといった社会主義のこと)を検討するサークルに参加していたことを理由に、政治犯として逮捕されてしまいます(ペトラシェフスキー事件)。

そして下された判決は、なんと死刑。処刑の朝「今日でお別れだ」という看守からの言葉を聞いた処刑寸前の体験は、その後の彼の作品に大きく影響を与えています。

死刑判決が特赦となり、シベリアに流刑

銃殺刑の直前になり、ときの皇帝ニコライ1世から特赦(とくしゃ)が与えられ、シベリア流刑地での4年間の労役へと減刑になりました。こうしてロシア史上最も偉大な文豪の一人は、辛くも命を救われます。ただしこの一連の流れは、皇帝の寛大さを世間にアピールするための、仕組まれた茶番だったといわれています。

シベリアでの4年間は過酷で壮絶なものでした。強制労働と鞭に耐える毎日が続き、そうした極限の環境の中で、次第に人間の奥底にある本質を見抜く独特の感性が育まれていきました。

ドストエフスキーの代表作

人間の本質を巧みに描く、暗くも重厚な作品は高く評価されています。数ある作品の中から代表作をご紹介します。

「貧しき人々」1846年

ドストエフスキーのデビュー作です。作品は批評家から「第二のゴーゴリ(※)が現れた」と激賞され無名の青年が一躍有名人となりました。

貧困の中年男性と貧しい少女の手紙のやり取りをテーマにした小説です。ドストエフスキーの作品には貧しさが背景になっている作品が多いですが、当時のロシアの人々の貧しい生活が目に浮かぶような、重苦しくもリアリティのある作品になっています。

(※ゴーゴリ:ロシアを代表する文豪の一人、ニコライ・ゴーゴリのこと。代表作に『外套』『死せる魂』などがある)

「死の家の記録」1860年

獄中で書いた作品です。政治犯として逮捕され死刑の判決を言い渡された彼は作品の「死の家」というタイトルを付けました。それは4年間過ごした監獄での体験を意味します。

監獄に囚われた人々をドストエフスキーは「不幸な人々」とよんでいます。彼自身も政治サロンに参加していただけで死刑囚とされてしまいます。獄中での生活や不幸な人々の描写。容赦のない鞭打ちの刑。地獄のような光景が、体験したものだからこそ分かるリアルなタッチで描かれています。

 

「罪と罰」1866年

ドストエフスキーのもっとも有名な著作と言っても過言ではない代表作です。上下巻合わせると相当な分量ですが、様々な文豪に影響を与えた名作で、漫画やドラマ・映画にもなっています。登場人物が多く覚えるのが大変なドストエフスキーの作品ですが、その中でも比較的理解しやすいものではないでしょうか。

神経症を患い、貧しさのゆえに学費を滞納して大学から除籍処分になった青年の物語。世間を憎み、あくどい高利貸しの老婆を殺してお金を盗みますが、その犯行を目撃していた老婆の儀妹まで殺してしまいます。青年が犯した罪とその葛藤を描く、「まさにドストエフスキー」とでもいうべき傑作です。

「白痴」1868年

同じ時代に活躍した文豪トルストイはこの作品を「何千ものダイヤモンドに匹敵する」と絶賛しました。タイトルの『白痴』は、知能が劣っているという意味と世間知らずという2つの意味があります。

舞台は『罪と罰』と同じペテルブルクですが、ドストエフスキーにしては珍しく、登場人物は貧しい人々ではなく裕福な貴族という設定です。

てんかん持ちの主人公・ムイシュキン公爵は、周りには白痴と馬鹿にされていますが、心根は純粋な善人。そんな彼が思いを寄せる美しい女性・ナスターシャを巡って、資産家で粗暴なロゴージンと対立していきます。

非常に複雑なストーリーのため、続きはぜひ作品を手に取ってみてください。

「カラマーゾフの兄弟」1880年

ドストエフスキー最後の作品であり最高傑作との呼び声も高い作品です。ドストエフスキーは、この作品を書いたわずか三カ月後に亡くなりました。複雑な4部構成の長大な作品です。

物語は、離れ離れに育った三兄弟と父親が顔を合わせることをきっかけに、恋愛や信仰など内面の葛藤を描きながら、外界で起こる殺人などが複雑に絡み合っていきます。

宗教的な側面も強く、神はいるのか?罪に対する許しとは?といったドストエフスキーの終生のテーマが凝縮されたような作品であり、彼自身最後の作品になることを分かっていたのかと思わせるような内容です。

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「カラマーゾフの兄弟」は日本でも大変人気が高く、かつては「東大教官が選ぶ、新入生に進めたい一冊」ランキング第1位に選ばれメディアにも取り上げられるなど、いまだに多大な影響をもつ傑作です。なぜこの作品が最高傑作と呼ばれるかについては、こちらの関連記事でも詳しく紹介しています。

【関連記事】ドストエフスキーの遺作「カラマーゾフの兄弟」はなぜ最高傑作と呼ばれるのか?

ドストエフスキーに影響を受けた日本人

日本文学にも大きな影響を与えたドストエフスキー。三島由紀夫、村上春樹、江戸川乱歩、黒澤明、手塚治虫など、日本を代表する作家や映画監督が影響を受けました。いくつかの例をご紹介します。

江戸川乱歩(1894年~1965年)

推理小説を得意とした小説家、推理作家です。大正から昭和にかけて活躍しました。ドストエフスキーが好きで、エッセイ『スリルの事』でドストエフスキーに言及していることでも知られています。また、1925年に書かれた『心理試験』という短編小説は『罪と罰』を下敷きにした作品と言われています。

黒澤明(1910年~1998年)

言わずと知れた日本を代表する映画監督、脚本家である「世界のクロサワ」ですが、彼はドストエフスキーの作品に多大な影響を受けたといわれています。一度はドストエフスキーの映画をやりたかったという想いが叶い、1951年「白痴」を昭和20年代の札幌を舞台に再編する形で映画化されました。

手塚治虫(1928年~1989年)

漫画家、アニメーション監督。長編の基本は「罪と罰」であると公に話していて、1953年に「漫画版 罪と罰」が漫画化されました。日本漫画界の神様とよばれ、単なるコミックにとどまらない傑作の数々を残してきた手塚治虫氏も、ドストエフスキーに大きな影響を受けていたのでしょう。

借金まみれの大作家

人間の貧困とリアルに常に真正面から向き合いながら、生と死を賭けるような極限の精神状態の中で次々と傑作を生み出した作家・ドストエフスキーを紹介してきました。

彼の壮絶な体験を下敷きにした作品群は、重苦しく暗い雰囲気にあふれていますが、だからこそリアルな人間の本質を感じられます。長編小説が多く、少し腰は引けてしまうかもしれませんが、是非この記事で紹介した代表作を読んでみてください。

ただ読んで楽しいだけではない、新たな小説の世界が開けること請け合いです。

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