パチンコの規制の歴史。今後のパチンコ業界の未来とは

2018.12.05

パチンコはその歴史の中で何度も規制を受けたり、自主規制をしたりしてきました。パチンコ依存が原因となる、さまざまな社会問題が発端です。問題を抱えながらも、大衆娯楽として愛されるパチンコを目指す業界の歴史と今後の見通しを解説していきます。

パチンコの始まり

パチンコのルーツにはさまざまな説が存在しています。少し前までは昭和初期に日本に入ってきたフランス生まれの『バガテル』という横型のゲーム盤が始まりとされていました。

バガテルとはビリヤードから派生したゲームで、後にアメリカのピンボールを生みます。ピンボールは、日本に入ってからスマートボールとなって普及しました。しかし、パチンコのルーツは、どうやら別の流れにあるということが最近判明してきたのです。

諸説あるが欧州の縦型ゲーム機が元とされる

実は現在のパチンコ機によく似た縦型の遊技機が、ヨーロッパの各地に存在していたようです。それらを露天商が縁日で商売道具として使ったのが、パチンコの始まりだとする説が現在の主流になっています。

景品も菓子からタバコなどに変化して、次第に子どもよりも大人が楽しめるゲームに変貌していきました。しかし、第二次世界大戦に突入すると『不要不急の産業』として禁止されます。そのうえ金属供出でパチンコ玉も供出させられました。

正村ゲージの登場

戦後は、農村などに残されていた遊技機を改造して商売が始まりました。そして1950年代前半、『パチンコの神様』と呼ばれる正村竹一による『正村ゲージ』が登場します。現代のパチンコ機の原型となる画期的な遊技機です。

以前とは段違いにスリルと意外性があり、楽しめる要素が多く盛り込まれていました。第1次パチンコブームの火付け役となり、連発式の登場でブームが頂点を極めたころ、全国のパチンコ店の数は実に4万5000軒を超えていたという話です。

パチンコ規制の歴史

パチンコブームが加熱して一度に大負けする人が増え、負ける金額もエスカレートしていきました。ついに1954年に連発式は禁止となりました。

翌1955年の4月以降、旧来の単発式遊技機での営業を余儀なくされたパチンコは加速度的に下火となり、全国のホール軒数はピーク時の1/4を切り、あれよあれよと1万軒を割り込んでしまいました。

パチンコ業界は衰退の反省を踏まえ、射幸性に依存しない遊技機の開発に向かいました。その後チューリップなどの『ヤクモノ』が生まれ、やがてパチスロの原型も登場します。

1993年 連チャン機の規制

電動ハンドルや電光掲示板などのエレクトロニクスも積極的に取り入れる業界の努力とは裏腹に、連発式禁止後の20年の長きにわたって全国ホール数は1万軒前後が続きました。

しかし1980年、第2次パチンコブームをもたらす『フィーバー機』が登場します。ドルショックやオイルショックから立ち直った日本経済の発展基調とも絡み合って射幸性も受け入れられ、空前のパチンコブームを招きました。

毎年数百軒ずつホールが増えていく黄金期を迎えます。ついに30兆円規模のビジネスに発展したのです。

しかし1993年、釘の調整で連荘システムの作動を誘発させたとして、風俗営業適正化法違反容疑で逮捕者が出た『ダービー物語事件』が起こります。これを契機に日本遊技機工業組合は連チャン機を自主規制します。

2005年 大当確率下限は1/400に変更

2004年には遊技機の大当確率(大当たりが出る確率)が、それまでの1/360から1/500まで緩和されました。

ところが2005年には、せっかく緩和されていた大当確率に見直しの動きがありました。日本遊技機工業組合は内規変更で大当確率の下限値を1/400に規制したのです。

2015年 大当確率下限は1/320に変更

日本遊技機工業組合は2015年、『のめり込み対策』として射幸性を抑えることを目指し、大当確率の下限を1/400から1/320に引き上げ、一連の大当りで得ることのできる玉数の期待値の上限を7200個とする規制を申し合わせました。

また、その2点をクリアする遊技機は、最大出玉の1/4以上、大当確率と実質確率の差を1.3倍までとしていたそれまでの大当たりの定義の縛りを解かれるということでした。

対象機種は獲得出玉期待値が6400個を超えるタイプで、それ以外の機種は暫定的に販売を取りやめることになります。

2018年 出玉規制の強化

2018年、パチンコの新規制が導入となります。言うまでもなく規制が強化される方向の動きです。細かい規定があります。ひとつずつ見ていきましょう。

  • 1回の大当たりに対しての出玉制限が変わります。2400から1500へと引き下げです
  • 4時間遊戯した時の出玉が2/3に下がります。金額換算で4時間に対して5万円以内の出玉となります
  • 射幸性を抑えるために、出玉情報を掌握しやすくします

パチンコ業界の未来とは

昭和の終盤から平成の序盤にかけて2回目の黄金期を築いたパチンコ業界でしたが、ブームからくるプレイヤーの熱狂ゆえの問題もたくさん起こりました。一体何が起こったのでしょうか。

規制による衰退

パチンコへののめり込みが原因となり、パチンコホール駐車場内での幼児の事故や多重債務による自己破産の続出、変造されたプリペイドカードが頻繁に出回るといった数々の社会問題が起こりました。

それらによって、行政からの規制と業界の自主規制が相まって、全国のホール数は1995年段階の1万8000軒をピークとして年々減少し、1万軒に近づいています。当然ながら市場規模も縮小傾向です。

若い世代など新ユーザーの取り入れが必要

規制の影響で射幸性が薄まる中で、パチンコ業界の対抗策としてはゲーム性をより高めて楽しんでもらうことで、リピート率を上げようとしています。また、従来のギャンブル好きな客層以外のターゲットを取り込むことも必要だと言われています。

中でも若い層はゲームに親しんで育ってきた人も多いので、やり方によっては有望なパチンコプレイヤー予備軍だと考えられるという声も聞きます。

現状のパチンコを理解し節度のある打ち方を

2018年の規制にもパチンコホールは対応し、生き延びるすべを模索する中で変化しています。私たちはそれを充分に理解したうえで、現状に見合った節度ある楽しみ方で、今後も遊技機に向かおうではありませんか。

その他のテーマ

ART

CULTURE

CRAFT

FOOD

TIME