究極のマゾヒズム小説?谷崎潤一郎の傑作『春琴抄』で描かれる愛の形とは

2019.11.14

明治~昭和の文豪・谷崎潤一郎によって描かれた「春琴抄」は、春琴というたぐいまれなる美貌の持ち主ながら、盲目の三味線弾き・春琴(しゅんきん)をめぐる物語。彼女を支え続けた丁稚(でっち)・佐助との愛の形がテーマです。

大阪・道修町の旧家が舞台

大正時代、大阪の薬問屋が集まる道修町(どしょうまち)が舞台の「春琴抄」。大阪・船場ならではの商家文化や家族の姿を効果的に描写しながら、まるでおとぎ話のような語り口で、物語は始まります。

盲目の美人三味線奏者と丁稚の愛

裕福な薬問屋に生まれた春琴は、幼少のころから踊りの名手として知られていましたが、眼病で9歳のときに失明します。そのころから三味線を学ぶようになり、13歳の丁稚・佐助が、本来の仕事は商いなのに、春琴の世話係と命を受けます。

そのうち佐助も三味線を習うようになります。その関係は、後年成人して、春琴が独立して弟子を集めて三味線を教えるようになっても続きます。

献身的な佐助と、それを認めつつも高慢で芸の道を追求する春琴。あくまで師匠と弟子の関係、主人と召使としての関係を、保とうとします。

ネタバレ・衝撃的な結末

ある日、37歳になった春琴は、横恋慕してふられた男性の逆恨みをかい、顔に熱湯をかけられて大やけどを負います。そのときに発した言葉は「佐助、わての顔を見んとおいて」。佐助にだけは、焼けただれて醜くなった顔を見られたくなかったのです。

やがて「余人はともかくお前だけはこの顔を見られねばならぬ」と泣く春琴に、佐助は、次の日、針で自分の目を突き、自らを失明させます。

「もう一生涯お顔をみることはござりませぬ」

(出展:「春琴抄」佐助の台詞より抜粋)

これが、究極の愛を描いているといわれる結末です。

  • タイトル:春琴抄(しゅんきんしょう)
  • 作者:谷崎潤一郎
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マゾヒズムと呼ばれる愛のカタチ

大きな商家に育った春琴は、幼いころから甘やかされて育てられ、佐助のことを心の底では頼りにしながらも、優しい言葉をかけるどころか、冷たくあしらう態度をとり続けます。

すべての世話をする丁稚:佐助

13歳のころから、春琴の手を引いてお稽古につきしたがっていた佐助は、成人したのちも、食事の世話だけでなく、髪をすくことも、お化粧も、入浴の世話もすべて行っていました。寒い冬には、春琴の足を懐にいれ、温めることさえしていたのです。

そんな佐助を、足が温まったら、うっとおしいと足蹴にする春琴。二人を結婚させようと、春琴の父母たちが計画した時も「なんで丁稚と」と歯牙にもかけなかったのです。

最期の数行で見える二人の関係

佐助が盲目になったあとも、二人の関係は変わりませんでした。視覚をなくした二人が、触覚や三味線の音色を通して気持ちを触れ合う姿を描いていますが、表面的にはより冷たい関係のままながらエロティック、と言われています。

ちなみに最後の最後で、春琴と佐助との間には二男一女があることが明かされます。ただふたりは、子供たちを全て里子に出し、育てることはなくふたりだけの世界を享受していくのです。

二人の関係を増幅させる小説のしかけ

谷崎潤一郎は、小説の内容によって、文体や書き方を変える作家でした。それは、読者に小説の世界観を深く共感してもらうための仕掛けともいえます。「春琴抄」では、どんな仕掛けがあったのでしょうか?

第三者の語り手が語る物語

この小説は「鴨屋春琴伝」という小冊子をもとに、二人を知っている人に話を聞いたことを語り手が語る、という文章形式をとっています。

それは、今でいうドキュメンタリーのよう。第三者の人が語ることで、読者は描いてあることをもとに、二人の気持ちをより想像する作用が働きます。

もちろん、語り手の推測は書かれて入るのですが、現代小説のように「〇〇はこう思った」ということが明確に書かれているわけでないので、読者は想像力を働せるきっかけが持てるのです。

古典文学のような書き方

また、ほとんど句点やカギカッコがない形式で描かれていて、まるで古典文学をよんでいるような気持ちになります。初めは読みにくいかと思いますが、二人の語る船場言葉(古い大阪の富裕商人言葉)もあいまって、まるで歴史小説を読んでいるよう。

古い船場の商家の様子や、明るい電灯もない時代の様子も克明に描写されていて、優美で耽美的な日本むかし話をよんでいるような気持ちになります。

ただのマゾヒズム小説ではない

今でいう究極のツンデレの春琴を愛する佐助が、自分の目をついて春琴の希望を叶える…という衝撃の展開ばかりがクローズアップされるため、マゾヒズム小説として有名になっている「春琴抄」。そういう読み方もありますが、谷崎潤一郎ならではの表現を味わって読んでみるのはいかがでしょうか?

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