ロラン=バルトの記号学とは何か?彼の思想を5分でわかりやすく解説

2019.11.12

ロラン=バルトは構造主義の思想家のひとりとされるフランスの哲学者、批評家です。彼の業績とはどんなものだったのか、この記事では「エクリチュール」「作者の死」といった概念をもとに、わかりやすく解説します。

ロラン=バルトとは、彼の主な著作とは

はじめにロラン=バルトという人物がどんな分野で活動したのか、そしてどんな本を残したのか確認しましょう。

「記号学」という学問を切り拓いた

バルトの仕事は一言でいえば「記号学」というくくりにまとめられます。

ご存知のとおり構造主義とは、第二次大戦後のフランスにおいてソシュールの言語学の考え方がさまざまに拡大・発展したものです。ソシュールは言語を「ことばそのもの」と「ことばが指し示す内容」とに分けて考察しました。

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こうした「何かのしるし」と「そのしるしが指し示す意味」という関係は、なにも言語に限ったことじゃない、映画・ファッション・広告・スポーツなどあらゆる分野で、ある記号がその社会のなかで特定の意味をもつものとして働いている、その記号の働きを明らかにしていこう……。これがバルトの成した仕事でした。

『零度のエクリチュール』で一躍有名に

バルトは1953年に出版した『零度のエクリチュール』という本で一躍有名になりました。その後も『神話作用』『モードの体系─その言語表現による記号学的分析』『テクストの楽しみ』『物語の構造分析』『明るい部屋─写真についての覚書』などの著作を次々に発表、フランス国内だけでなく世界的にも名が知られました。

またバルトは日本を訪れた経験をもとに『表徴の帝国』という日本文化論も書いています。歌舞伎や天ぷら、石庭や皇居などを題材に、そこで記号が日本社会でどんな働きをしているのかという記号学を展開しています。このこともあって、バルトは日本でも非常に人気の高い哲学者として知られています。

「エクリチュール」を読み解く

では具体的にバルトはどんな論を展開したのか。彼の処女作ともいえる『零度のエクリチュール』から、エクリチュールという概念を読み解きます。

「ラング」と「スティル」

記号のひとつである言語。この言語を使うとき、人は知らないうちに3つの規則に縛られているとバルトは言いました。その規則とは「ラング」「スティル」そして「エクリチュール」です。

「ラング」とはlanguage、つまり母国語です。「スティル」とはstyle、つまり個人的な好みのことです。

私たちは書き言葉でも話し言葉でも、日本語という規則からは逃れられません。また、ですます調にするかである調にするか、句読点は多いか短いか、ゆっくり話すか早口で話すか等の個人的な好みをもって言語を使っています。この2つがまず私たちを規定しています。

「エクリチュール」

このラングとスティルに加えて、私たちは、「こういう立場や状況ではこんな語り口が自然だ」という見えない規則に、知らないうちに制約されています。バルトにとっては、この「規則に従った自然な言葉づかい」がエクリチュール(※)です。

病状を教え聞かす医者のエクリチュール、早口で丁寧で快活な接客のエクリチュール、低音を効かせてときに愚痴をこぼすおじさんのエクリチュール…。こうしたエクリチュールはいちど選択すると、今度は私たち自身を規定し、そこから逃れることができません。

そしてあらゆるエクリチュールには、なんらかの価値判断や偏見が必ず潜んでいます。だからこそバルトは、そうした一切から自由な「白いエクリチュール」「零度のエクリチュール」を希求したのでした。

(※注:エクリチュールという概念は、「パロール(話し言葉)」に対比される概念としての「書き言葉」という意味が本来です。しかし、このエクリチュールがもつどのような特性に注目するかによって、それぞれの哲学者たちが様々に定義を加えています。ここではあくまで、バルトの定義したエクリチュールをわかりやすく記載しています。)

「作者の死」でネット社会を予言?

またバルトは『物語の構造分析』という評論集のなかで、「作者の死」という考え方を提示しました。

近代批評の方法に反対する

バルトが指摘するまで、芸術作品の批評というのは「その作品に隠された作者の意図を正確に汲みとる」ことでした。小説も絵画も音楽も映画も、作者が無から創り出したものであり、受け取る側は作者がそれを創った意味、「作者はこの作品をとおして何が言いたかったのか」を読み取るものだとされていました。

バルトはこの通念に反対します。作品とは作者が何か新しいことを伝えるために無から生み出したものなどではない、としたのです。

作品でなくテクスト(織り上げられたもの)

創作活動をしたことがある方ならご存知のとおり、作品を生み出すという行為はそれまでに経験したことや見聞きした情報を自分のなかで織り上げてまとめあげるものです。そこにあるのは、無から創造した自分だけの所有物というよりも、無数に絡み合ったネットワーク上のある1点にすぎません。

だからバルトは作品を「テクスト(織り上げられたもの)」と呼びました。そして無数のテクストが絡み合い交じり合うなかで、作者という主体は解体されるとしたのです。

これがバルトのいう「作者の死」であり、同時に「読者の誕生」です。バルトの指摘は、この記事を読んでいるあなたが「誰がこの記事を書いたのか」ではなく「私はこの記事をどう受け取るか」に関心をもっている現代ネット社会の状況を、端的に予言しています。

日本でもたくさん読めるバルトの書籍

以上、バルトの記号学を「エクリチュール」「作者の死」という2つの概念をもとに、かんたんに紹介しました。

この記事で紹介したもの以外にも、バルトの書籍は日本語に多く翻訳されています。また『テクストの楽しみ』など、近年になって新訳が出版されているものもあります。気になった書籍から、ぜひ手に取ってその思想と語りを楽しんでみてはいかがでしょうか。

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