哲学の天才・ウィトゲンシュタインの『論理哲学論考』を5分で簡単に解説

2019.11.07

近現代の数ある哲学書のなかで、つねに人気の高いのがウィトゲンシュタインの『論理哲学論考』です。難解といわれるこの本の概要を、哲学初心者にもわかりやすく解説しました。哲学史におけるウィトゲンシュタインの位置づけと合わせて、どうぞ。

『論理哲学論考』ってどんな本?

まずはウィトゲンシュタインという哲学者と、『論理哲学論考』のテーマから見ていきましょう。

天才ウィトゲンシュタインの哲学書

『論理哲学論考』はルートヴィヒ・ヨーゼフ・ヨーハン・ウィトゲンシュタイン(1889-1951)が生前刊行した唯一の哲学書です。ウィトゲンシュタインはフレーゲやラッセル、ムーアといった哲学者のもとで数理論理学を学び、第一次大戦に従軍した後、この本を発表しました。

ウィトゲンシュタインはこの『論考』によって哲学の諸問題はすべて解決されたとし、哲学を離れて小学校教師となります。後になって彼はケンブリッジ大学に戻るのですが、そのとき『論考』の審査官だったラッセルとムーアの肩をたたき、「心配しなくていい、あなたがたが理解できないことは分かっている」と言ったそうです。

どれだけのことが考えられるのか

『論理哲学論考』が扱っているのは、「私にはどれだけのことが考えられるのか」というテーマです。

現代哲学の特徴として、「人間は理性によって全てを知ることができる」という態度への痛切な反省があります。この世界の唯一の真理があってそれを人間の知性で理解できる、そんな態度は傲慢だ、思い込みだ…。こうした風潮から実存主義、生の哲学、現象学、構造主義、プラグマティズム、そして分析哲学が生まれてきました。

そんななかウィトゲンシュタインは、人間の思考の限界をはっきりさせたと主張したのです。だから『論理哲学論考』は現代の哲学書のなかで重要とされるわけです。

思考の限界は言語の限界

ただ、思考の限界を見極めるのに、思考そのものによって行うことはできません。そこでウィトゲンシュタインは代わりに、言語の限界を見極めようとしました。つまり「私にはどれだけのことが語りうるのか」という問題です。これが『論理哲学論考』の中心的な議論になります。

事実・事態・対象・像

ウィトゲンシュタインはまず、思考の限界と言語の限界が一致することを示します。

私たちが考えられることは全て、生まれたときから今までの経験に依っています。経験のもとは事実です。そして事実は事態に分割でき、事態は対象に分割できます。

たとえば「私はサラリーマンである」という事実は、会社の定める仕事をする、会社が私に給料を払う等の事態に分割でき、これらの事態はさらに「会社」「私」「給料」「払う」などの対象に分割できます。

そして人間は、これら対象の像(イメージ)を作ることができます。像のひとつが言語です。実際に目の前に会社の建物が無くても、「会社」という名(言葉)で私たちはそれをイメージできるのです。

名・論理形式

ところで「会社」という名(言葉)から私たちは、実際の自分の会社だけでなく、いろんな会社をイメージすることもできます。また社員が全員ロボットの会社とか、衛星軌道上にある会社など、空想上の会社をイメージすることもできます。

しかし、たとえば「夜になると遠吠えする会社」などはイメージできません。なぜならそれは、「会社」という言葉がもつあらゆる可能性(=論理形式)の外にあるからです。これが思考の限界、そして同時に言語の限界です。

こうしてウィトゲンシュタインは思考の限界を言語の限界と一致させてから、語りうることと語りえないことを峻別していきます。

語りえないものは沈黙せねばならない

『論理哲学論考』後半は、哲学的おしゃべりに対する批判、数理論理学、神や倫理といった問題を取り扱っています。

分析哲学を主張する

最初にウィトゲンシュタインは、哲学上の問題のほとんどはナンセンスであると一刀両断します。なぜなら「善と美はおおむね同一か」といった問いは、哲学者が「善」「美」という言葉の論理形式を正しく理解していないために生まれてくるからです。

そのうえで、哲学の目的は思考の論理的明晰化であると主張します。人間の思考はそのままではぼやけているので、問題を明確化し、限界をはっきりさせること、それが哲学だとウィトゲンシュタインは言いました。

ちなみに今日、欧米や日本の大学で学ぶ哲学の多くはウィトゲンシュタインの主張どおりの内容です。フレーゲやラッセルを祖としウィトゲンシュタインを経たこの哲学は「分析哲学」と呼ばれます。

数理論理学の改革、そして語りえぬもの

またウィトゲンシュタインは、フレーゲやラッセルの数理論理学を継承しつつ批判していきます。たとえばフレーゲの集合論による数の定義を批判して操作の回数で定義しなおしたり、関数はその関数自身の入力項にはなりえないとしてラッセルのパラドックスを片づけたりしました。

そして倫理、神、信仰などについて、そこには示される神秘があるが、それを語ることはできないとしました。だから最後にウィトゲンシュタインは「語りえぬものについては、沈黙せねばならない」と書いて、筆をおいたのです。

語られうることは明晰に語られうる

以上、ウィトゲンシュタインの『論理哲学論考』の内容を簡単に紹介しました。

この『論理哲学論考』という本の意義をひとことでまとめると、どうなるか。さいわいウィトゲンシュタイン自身が本の序文に書いてくれていますので、最後に紹介します。

およそ語られうることは明晰に語られうる。そして、論じえないことについては、ひとは沈黙せねばならない。ー『論理哲学論考 序』

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