「寝台特急紀伊」とは?国鉄時代から活躍していた老舗の寝台列車

2019.10.30

国鉄がJRとして民営化される以前から活躍していた寝台列車として、紀伊があります。当初は夜行列車でしたが、後に特急に格上げされて、東京と和歌山を結ぶ寝台特急として運用されていました。寝台特急紀伊の特徴をご紹介します。

寝台特急紀伊の概要と編成について

国鉄時代に活躍した寝台特急紀伊の基本的な情報と、編成についてご紹介します。

寝台特急紀伊とは

寝台特急紀伊は、JRとして民営化される前の日本国有鉄道(国鉄)の時代から運用されていた寝台特急です。東京駅と和歌山県の紀伊勝浦駅を結ぶもので、1968年から1984年まで運行していました。

投入された1968年当初は、東海道新幹線の始動によって利用客が減少した各列車を統合した、急行列車としてスタートしました。

その後、1975年3月に当時の需要によって寝台特急に格上げされ、東京駅発の寝台特急ブルートレインとしては、当時最短の営業距離になりました。

寝台特急紀伊の編成

紀伊の当初の編成は、オハネフ12、オハネ12、スハネ16、オロネ10を組み合わせた6両編成で、A寝台が搭載された豪華なものでした。

その後、1975年に14系の寝台特急として格上げされた際にA寝台は廃止され、開放式のB寝台のみで編成されることになりました。

不運なスキャンダル

人気を集めた往年の名列車・寝台特急紀伊ですが、実は1982年にある事故を起こしています。発生した、寝台特急紀伊の事故についてご紹介します。

寝台特急紀伊の衝突事故

1982年3月15日、寝台特急紀伊(東京発紀伊勝浦行き、14系客車6両編成)と、ディーゼル機関車(DD51形717号機)の衝突事故が発生しました。

機関車を付け替えるために名古屋駅に停車していた寝台特急紀伊に対して、連結を予定していたディーゼル機関車が時速約20kmで衝突し、客車3両が脱線したものです。

事故によって14名が負傷し、事故を起こした紀伊の先頭車と機関車は廃車になりました。事故の原因となったのは、機関士の居眠り運転によるもので、就業前の仮眠時に飲酒をしていたことも判明しました。

当時はマスメディアによる国鉄のモラルへの批判キャンペーンの時期だったこともあり、事故は大きく注目を集めることになりました。これが直接の廃止の原因となったといったわけではないようですが、この事故の2年後、寝台特急紀伊は惜しまれながら引退することとなりました。

寝台特急紀伊をテーマにしたサスペンス小説

寝台特急紀伊には、その人気を象徴するように、寝台特急紀伊を舞台にしたサスペンス小説があの有名小説家の手によって書かれています。小説「寝台特急紀伊殺人行」をご紹介します。

寝台特急紀伊殺人行

「寝台特急紀伊殺人行」は、列車の時刻表を用いた犯人のトリックを得意とする、推理小説作家の西村京太郎が著したトラベルミステリーです。初版は1982年11月に角川書店から刊行されました。

寝台特急紀伊殺人行は1984年にTBS(大映テレビ)によってドラマ化もされています。原作小説の流れを再現したもので、シリーズの主人公といえる十津川警部は若林豪、亀井刑事は坂上二郎が演じました。

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寝台特急紀伊殺人行の概要

10年前の高校生時代に女性を暴行して自殺に追いやったとされる中西は、両親の遺骨を納めるために故郷の南紀を訪れます。帰郷を果たした中西が見たものは、駅の伝言板に書かれた恐ろしい脅迫文でした。

その後、知人の変死や婚約者の疾走など複数の事件が発生。シリーズの名コンビである十津川警部と亀井刑事は、寝台特急紀伊を使った巧妙なトリックの秘密を暴くために奔走します。

閉鎖的な故郷で様々な出来事に遭遇する中西の視点は臨場感があり、読者は知らずのうちに引き込まれていきます。今回の捜査の中心は亀井刑事になるので、ファンには特におすすめです。

寝台特急紀伊の歴史に触れよう

寝台特急紀伊は特急として格上げされる以前にも、国鉄の時代から日本の地域を結ぶ夜行列車として第一線で活躍していた列車です。

機関車との衝突事故に見舞われたものの、ミステリー小説の題材として取り上げられるなど親しまれてきました。

寝台特急紀伊の魅力を堪能していただければと存じます。

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