謎の天才浮世絵師「東洲斎写楽」の代表作をご紹介。正体はいったい誰?

2019.10.30

東洲斎写楽(とうしゅうさいしゃらく )は江戸時代の浮世絵師。活動が極めて短く、1794年から1795年の1年足らずの期間で140点もの傑作を描き、突然姿を消した謎の天才浮世絵師です。生没年とも不詳の彼の代表作や人物に迫ります。

東洲斎写楽について

見た目にインパクトのある浮世絵の中でも、とりわけ特徴的な写楽の浮世絵は、誰しもが一度は目にしたことがあると思います。東洲斎写楽は日本だけではなく世界でも有名な浮世絵師ですが、彼ほど謎に包まれた人物はいないでしょう東洲斎写楽の生涯(というか、正体)はほとんどわかっていませんが、彼に関する情報を紐解いてみましょう。

突如現れた浮世絵界の革命児

東洲斎写楽は、寛政6年(1794年)5月ごろから突如として浮世絵の世界に現れました。誰の弟子なのか、どこの流派に所属しているのかなどは一切不明ながら、強烈にデフォルメされた人物描写・ダイナミックなポーズや表情・迫力ある構図といったそれまでの浮世絵の常識から外れた個性的な作品を数々と発表し、浮世絵の世界をあっと仰天させました。

東洲斎写楽という名は、誰ひとりとして耳にしたことがなく、誰も見たことがないタイプの絵でした。当時の浮世絵師たちは、自分の座を脅かす突如現れた才能のある新人絵師の写楽に怯えました。

江戸に突然現れた東洲斎写楽の絵を見て、当時すでに浮世絵師として有名だった喜多川歌麿も驚嘆したそうです。同業者の浮世絵の大家さえもうならせる東洲斎写楽は、まさに浮世絵界のニュースターでした。

1年足らずで姿を消す

しかし、そんな東洲斎写楽は、なぜか翌年の寛政7年(1795年)1月ごろからぱったりと作品を発表することをやめてしまいます。この理由もわかっていません。そして東洲斎写楽は、わずか10か月程度の活動期間中に140点あまりの傑作を遺したまま、歴史の陰に隠れてしまったのです。

突如現れ、浮世絵の歴史を変える作品を数々残しておきながら、こつ然と消えた謎の浮世絵師・東洲斎写楽。彼の正体については現代においても確かなことはわかっておらず、謎に包まれたままです。

東洲斎写楽の正体は?

東洲斎写楽の正体については様々な研究がなされてきましたが、現在で主流となっている説は、斎藤十郎兵衛(さいとうじゅうろうべえ)という本名をもつ能役者だったという説です。しかし、これには反対意見も多くあります。

たとえば、「東洲斎写楽の前期と後期で作風が違いすぎる」ということを根拠に唱えられる「東洲斎写楽は複数人説」というものがあります。つまり、東洲斎写楽という同一のペンネームを使った複数の浮世絵師たちのグループだったのではないかという説ですが、だとしてもそれが誰だったのかについては謎が残ります。

また、「東洲斎写楽という名前は、別の著名な浮世絵師が使ったペンネーム」という「東洲斎写楽別人説」も根強くあります。これは、あまりに見事な浮世絵の技術にも関わらずそれまで全く名が知られていないというのはおかしいという発想から生まれたもの。

なかでも有名なのは、生涯で30回も雅号(ペンネーム)を変えまくったことで知られる葛飾北斎が、東洲斎写楽の正体であるという説でしょう。飽きっぽい性分で、人生で93回も引っ越しをしたという奇人エピソードでも知られる北斎なら、気まぐれでそういったことをしてもおかしくなさそうですが、これを裏付ける証拠もまた見つかっていません。

東洲斎写楽の代表作 男性篇

さて、東洲斎写楽の正体や生涯についてはいまだ疑問点が多く残されていますが、彼が残した140点以上の作品群が傑作ぞろいなのは疑いようがありません。200年以上経っても多くの人を魅了し続ける東洲斎写楽の作品から、彼がテーマとして好んだ「男役者」を描く代表作をご紹介します。

「三代目大谷鬼次の奴江戸兵衛(さんだいめおおたにおにじのやっこえどべえ)」1794年

挑みかかるような仕草と、憎々し気な表情は迫力があり圧倒されます。現在は特京国立博物館に所蔵されていますが、常設で展示されているわけではありませんので注意。「東洲斎写楽といえばコレ」が頭に思い浮かぶ、強烈なインパクトの浮世絵です。

「市川蝦蔵(いちかわえびぞう)の武村定之信進」1794年

「恋女房染分手綱(こいにょうぼうそめわけたずな)」に取材した作品です。竹村定之進は単語国由留木家の能役者で、不義の罪を犯した娘の身代わりに切腹するという悲痛な役です。おもねる様な手の仕草とは裏腹に、決死の覚悟が口元にあらわれています。名優の芸の深さが伝わってくるようです。日本の重要文化財指定がなされており、現在は東京国立博物館に所蔵されています。

東洲斎写楽の代表作 女性篇

歌舞伎の女形は、紫帽子という紫の布で前髪を剃った後の部分を被っていました。こちらも独特なインパクトのある東洲斎写楽の、女性を描いた代表作をご紹介します。

「三代目瀬川菊之丞の田辺文蔵妻おしづ」1794年

丸に七五三の結綿の家紋が描かれています。「花菖蒲文禄曾我」で演じた「妻おしづ」を描いた作品です。著しく強調されたうりざね顔の輪郭や吊り上がった眼、豊かな髪など写楽らしい激しいデフォルメが印象的。現在は東京国立美術館に所蔵されています。

「二代目瀬川富三郎の大岸蔵人妻やどり木(にだいめ せがわとみさぶろう おおぎしくらうどのつま)」1794年

二世瀬川富三郎の家紋が描かれています。「花菖蒲文禄曾我」で演じた「妻やどり木」を描いた作品です。現在は東京国立美術館に所蔵されています。

忽然と現れ忽然と消えた写楽

謎の天才浮世絵師・東洲斎写楽をご紹介してきました。彼の生涯は謎に包まれており、現在でも研究がすすめられていますが、わずか10カ月という短い期間に描かれた傑作の数々は驚嘆のひとこと。東洲斎写楽の謎に思いを馳せながら、ぜひ実物を鑑賞してみてくださいね。

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