バイロンは今世紀最大の天才?ゲーテに賞賛されたイギリスの巡礼詩人

2019.10.23

ジョージ・ゴードン・バイロン(1788年~1824年)は、ロマン派を代表するイギリスの詩人です。偽善に満ちた社会を痛烈に表現しました。ヨーロッパ大陸を遍歴し、ハロルド卿として知られます。19世紀のヨーロッパに多大な影響を与えました。

バイロンについて

バイロンは英国最古の由緒ある貴族出身でしたが、いつも大衆とともに過ごし大衆詩人として、美しい声でリズミカルに雄弁と語ったといわれています。

不幸な幼少期

北欧の海豪バイキングの血をひくバイロンはジョン・バイロン大尉と2番目の妻キャサリン・ゴードンのもとスコットランドに生まれました。10歳で代6バイロン卿となります。父親はゴードン家の莫大な財産を湯水のように使い果たしました。

バイロンは生まれたときに足に障害が抱えていました。父ジョンは母の財産を巻き上げて逃げ回る度に激しい苛立ちをバイロンに向けました。3歳のとき父親は亡くなり、バイロンは母方のゴードンの名を譲られます。

母親からの癇癪だけではなく、実は乳母からも虐待を受けていたバイロン。大酒飲み、好色、放蕩女と、とんでもない乳母で幼いバイロンに終生取返しのつかない経験を与えたといわれています。

奔放な女性遍歴

イギリス貴族の詩人バイロンはダンディで社交界でも大変な人気でした。既婚未婚問わず多くの女性がバイロンに夢中になり、バイロンは数多くの女性と関係を持ちます。アナベラという女性と結婚をして娘も生まれますが、時経つと離れてゆき、バイロンは誰とも一生涯を共に送ることができませんでした。

時代の寵児~祖国追放

ケンブリッジ大学に入学したバイロンは、詩人としてやっていく決意を固めました。「チャイルド・ハロルドの巡礼」による成功で、一躍ヨーロッパの時代の寵児となるバイロン。「ある朝目が覚めると、有名人になっていた」という有名な言葉があります。

しかしやがて数多くの女性関係が仇となるのです。バイロンの女性遍歴の中で最もスキャンダルなのは異母姉オーガスタとの関係です。バイロンはアナベラと結婚したもののオーガスタとの関係を断ち切れず、アナベラと離縁します。これを契機に誹謗の声が高まり、祖国イギリスを永久追放となります。アナベラの復讐によりバイロンは二度とイギリスに戻れなくなってしまうのです。

バイロンの代表作

波乱万丈な人生を送ったバイロンの代表作はどのような作品なのでしょうか?かの有名な詩人ゲーテに今世紀最大の天才と言わしめた作品とは?

「チャイルド・ハロルドの巡礼」1812年~1818年

ポルトガルースペイン―ジブラルタルーマルターギリシアをハロルド卿を名乗って巡礼の旅したもので、全4巻から成る長詩です。ゲーテの「ウィルヘルム・マイスター」のイギリス版ともいえる作品で大成功を収めます。一夜にして最も人気のある詩人となった作品です。

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「マンフレッド」1817年

ゲーテの「ファウスト」から影響を受けたといわれている劇詩です。哲学者のニーチェが心酔したという愛読書であり、文学が好きな音楽家のロベルト・シューマンは、この作品に興味を抱き1848年に「マンフレッド序曲」を書きました。また、チャイコフスキーもこの作品に魅了され「マンフレッド交響曲」を書いています。

主人公のマンフレッドは女性に恋をしますが、その女性アスターテを自殺に追い込んでしまいます。全てを忘れてしまいたいマンフレッドは精霊を呼び出し死にたいと願いを訴えますが叶えられず、逆に不死の呪いをかけられてしまいます。

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「ドン・ジュアン」1819年~1824年

バイロンの最高傑作です。理想的女性テレーザによって詩情を駆り立てられ大作に挑んだ生涯の集大成ともいえる16編から成る長編叙情詩で、ベニスで書き始められましたが、16編まで書かれたところでバイロンは突然亡くなり未完に終わっていますが、そのまま刊行されています。

第14編に「事実は小説よりも奇なり」という有名な言葉が登します。小説に書かれていることが、実際に起きた場合を表現しています。

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バイロンに関する本

最期にバイロンに関連する書籍をご紹介します。

「対訳 バイロン詩集―イギリス詩人(8)」2009年

ロマン溢れるバロンの詩からハイライト部分を幅広く収録しています。また、バイロンが愛した異母姉オーガスタに書いた「オーガスタへの手紙」が掲載されています。

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「近代日本におけるバイロン熱」2015年

ヨーロッパに多大な影響をもたらしたバイロンを近代における日本がどのように受け入れてきたのかが、その精神史が描かれています。

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波乱万丈の36年の生涯

数多くの女性と恋愛関係を持ち、波乱万丈の生涯を送ったバイロン。36年という短い生涯に多くの作品を遺すことができたのは、バイロンが並外れた速筆の持ち主だったからといわれています。

死期が迫ったことを自覚したバイロンは雨の中を乗馬後に悪寒と発熱で病状が悪化しギリシア遠征で亡くなります。葬儀はロンドンで行われ、ようやく祖国に戻ることができました。ウェストミンスター・アベーのポエツコーナーに詩人達と眠っています。

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