クラシック作曲家の年表。古典派から国民楽派にかけての系譜とは

2018.11.17

クラシック音楽に興味を持ち始めたけれど、基礎知識がまだあまり無い人も多いのではないでしょうか?クラシックは、音楽史で大まかに分類されています。それぞれの時代ごとに活躍した作曲家たちを年表とともに解説します。

奥が深いクラシックの歴史

音楽は『人の声』から始まり、物をこすったり叩いたりして音を出す『楽器』、そして『楽譜』の誕生によって、より多くの人々が楽しめるようになりました。

クラシックは、そんな音楽史のなかでいつ頃に誕生したのでしょうか?ここでは、音楽史におけるクラシックの歴史を解説します。

クラシック音楽の分類

クラシック音楽は、時代とジャンルで分類されます。時代別は下記のとおりです。

  • 6世紀~16世紀:中世・ルネサンス音楽
  • 17世紀初め~18世紀半ば:バロック音楽
  • 18世紀初め~19世紀初め:古典派
  • 19世紀前半:初期ロマン派
  • 19世紀後半:後期ロマン派
  • 19世紀後期~現在:近・現代音楽

ジャンル別では、楽器や楽器編成ごとに下記のように分類できます。

  • 交響曲・管弦楽
  • 協奏曲
  • 器楽・室内楽
  • オペラ・声楽曲(宗教曲)
  • ピアノ・鍵盤楽器

第一次世界大戦で音楽界が変わる

第一次世界大戦は、『近代』と『ヨーロッパの時代』のどちらも終わらせました。そしてこの第一次世界大戦は、音楽界においても大きな影響を与えました。

ヨーロッパで誕生した芸術音楽であるクラシック音楽は、新しく誕生したアメリカのポピュ ラー音楽や録音音楽などによって圧倒されるようになります。

それにともない、第一次大戦前に活躍したクラシック音楽の作曲家たちと世代交代するかのように新世代の作曲家たちが誕生します。

古典派の作曲家

18世紀初め~19世紀初めに活躍した古典派の作曲家たちのなかには、どんな人がいるのでしょうか?

ここでは、古典派の作曲家たちが活躍した時代とその背景について解説します。

ウィーンでの音楽活動が盛んに

貴族や王室などのスポンサーがいないと音楽活動が難しかった作曲家たちも、この時代になると市民に音楽が浸透したこともあり自分で音楽によってお金を稼ぐことが可能になります。

ハイドン、モーツァルトとベートーヴェンはウィーン古典派3大巨匠と呼ばれています。オーストリア人のハイドンとモーツァルトは、ウィーンで作曲活動をしており、ドイツ人のベートーヴェンは彼らに影響を受け、ハイドンに弟子入りするかたちでウィーンでの音楽活動を始めました。

年表

18世紀初め~19世紀初めに活躍した古典派の作曲家たちの年表を見てみましょう。

作曲家名 代表曲 解説
1732~1809 フランツ・ヨーゼフ・ハイドン(オーストリア人)
  • 交響曲第94番ト長調(1791)
  • 交響曲第100番(1793~94)
  • 弦楽四重奏曲第74番 ト短調(1793)
多くの交響曲や弦楽四重奏曲を作り、交響曲の父、弦楽四重奏曲の父と呼ばれる。生前は、モーツァルトと交流があった。1792年からベートーヴェンを弟子入りさせた。
1752~1832 ムツィオ・クレメンティ(イタリア人)
  • ピアノ練習教本『グラドゥス・アド・パルナッスム』(1817・19・26)
  • ソナチネアルバムOP36-1~6
幼いころから、優れた音楽的才能を発揮し、21歳でピアニスト・作曲家としてロンドンでデビューする。1980~82年の演奏旅行中にウィーンでモーツァルトと競演した。
1756~91 ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト(オーストリア人)
  • オペラ『フィガロの結婚』
  • アイネ・クライネ・ナハトムジーク K.525(1987)
いくつもの交響曲・オペラ・宗教音楽などを作曲し、当時ヨーロッパで最大の王室と言われたハプスブルク家の宮廷作曲家にも就任した。才能に恵まれ高収入でありながらもギャンブルに溺れ貧困生活を送る。
1770~1827 ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン(ドイツ人)
  • ピアノソナタ第8番 悲愴(作曲時期不明)
  • 交響曲第5番ハ短調 運命(1807~08)
宮廷歌手の父を持ち、幼少期より厳しい音楽教育を受ける。20代後半から難聴を抱え、40歳ころにはほとんど聞こえなくなっていたが、素晴らしい曲を作り続けた。
1778~1837 ヨハン・ネーポムク・フンメル
  • トランペット協奏曲ホ長調(1803)
  • ロンド・ファヴォリ 変ホ長調Op11(1804)
幼少期から才能を発揮し、モーツァルトに指示する。その後はクレメンティやハイドンらに師事し、作曲を学んだ。

ロマン派の作曲家

1827年~1920年のべートヴェンの死後約100年間のことを、ロマン派と呼びます。

ここでは、ロマン派時代の背景と、その時代に活躍した作曲家たちを年表とともに紹介します。

感情が込められた美しい音楽が目立つ時代

それまで、構造的な音楽が美しい音楽とされてきましたが、ロマン派時代に作られた曲は、作曲家たちが自分たちの感情を音楽で表現しているのが特徴です。

年表

作曲家名 代表曲 解説
1809~47 フェリックス・メンデルスゾーン(ドイツ人)
  • 序曲 真夏の夜の夢(1826)
  • イタリア交響曲(1833)
ハンブルグの裕福な家庭に生まれたメンデルスゾーンは、幼少期から幅広い分野の教育を受けた。ベルリンに移り住んでからはピアノをL.ベルガー、作曲をツェルターに師事した。
1810~49 フレデリック・フランソワ・ショパン(ポーランド人)
  • ノクターン第2番(1831)
  • ワルツ第6番 変ニ長調 子犬のワルツ(1846~48)
美しい旋律と、さまざまな形式のピアノ協奏曲をたくさん書き上げ、ピアノの詩人とも呼ばれる。ピアニストでもあるショパンの作曲した曲はピアノ曲が中心。
1810~56 ロベルト・シューマン(ドイツ人)
  • 謝肉祭(1834~35)
  • 子どもの情景(1838~39)
ベートーヴェンやシューベルトのロマン派音楽の後継者として位置する。教養豊かに育てられ、法律の道に進むも、音楽の道に進んだ。
1813~83 リヒャルト・ワーグナー(ドイツ人)
  • タンホイザー(1945)
  • ニーベルンゲンの指輪(1974)
音楽・文学・演劇と美術を一緒にした総合芸術であるオペラを作り上げた人物。ドイツ・ロマン派における楽劇最大の作曲家である。
1833~97 ヨハネス・ブラームス(ドイツ人)
  • ピアノ協奏曲 第1番 Op15(1857)
  • ドイツ鎮魂曲 Op45(1868)
貧しいホルンとコントラバス奏者である両親のもとに生まれ、幼少期から音楽に慣れ親しんでいた。生前はシューマンと深い親交を持った。

国民楽派の作曲家

19世紀後半になると、国民楽派と呼ばれる作曲家たちが登場します。ここでは、国民楽派の特徴と代表する作曲家を年表とともに紹介しましょう。

ロシアや北欧で独自の音楽が誕生

19世紀前半までは、主に西ヨーロッパでクラシック音楽が誕生してきました。しかし、19世紀後半になると西ヨーロッパ以外のロシアや北欧で『自分たちの音楽』を作る作曲家たちが登場しました。

彼らの多くは、西ヨーロッパで音楽活動を行い、自国に帰った後に、その知識をもとに新しい音楽を作り出したと言われています。

年表

作曲家名 代表曲 解説
1839~81 モデスト・ペトロヴィチ・ムソルグスキー(ロシア人)
  • ボリス・ゴドノフ(1868)
  • ホヴァーンシチナ(1880)
ロシア国民楽派の『ロシア5人組』1人。独学で作曲を学び、のちにミリイ・バラキレフに師事する。
1840~93 ピョトル・イリイチ・チャイコフスキー(ロシア人)
  • 白鳥の湖(1875-76)
  • 交響曲第5番ホ短調Op64(1888)
  • くるみ割り人形(1891)
他の作曲家には見られないリズム使いで、『リズムの天才』ともよ呼ばれた。モスクワ音楽院の教授も務める。彼の曲は、美しい旋律と豪華爛漫なオーケストレーションが特徴。
1841~1904 アントニン・ドヴォルジャーク(ボヘミア人)
  • 交響曲第9番 ホ短調 新世界からOp95(1892~95)
  • 8つのユーモレスク 第7番 変ト長調(1894)
ボヘミアの肉屋兼宿屋の息子として生まれた。楽才に恵まれた彼は、プラハのオルガン学校に入学し音楽を学ぶ。のちにチェコ仮劇場でヴィオラ奏者をしながら作曲活動を始める。ブラームスと親交があった。
1843~1907 エドヴァルド・ハーゲループ・グリーグ (ノルウェー人)
  • ピアノ協奏曲 イ短調(1868)
  • ペール・ギュント第1組曲 OP46(1888)
ピアニストの母から音楽教育を受け、イプチッヒ音楽院で学ぶ。卒業後は、ノルウェーに戻り、ノルウェーの民族音楽の発展に大きく貢献した。

クラシック黄金期の巨匠たち

第一次大戦までのクラシック黄金期には、今でも人々を感動させる名曲を作った作曲家たちが、時代ごとの特徴ある音楽を生み出していました。

その時代を代表する作曲家や彼らの代表曲の確認に、年表を役立ててください。

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