ドラクロワの代表作「ショパンとサンド」は何故切り分けられたのか?

2019.10.15

フランスを代表する画家ドラクロワ(1798年~1863年)。戦争や革命を題材に描いた数々の代表作のかたわら、ショパンとその恋人のジョルジュ・サンドを題材に描くロマンチックな作品などもあります。当時の画家を驚かせた色彩豊かな彼の作品をご紹介します。

ドラクロワについて

ウジェーヌ・ドラクロワは1798年、パリにほど近い町に生まれました。幼い頃より画家を志し、1822年にダンテの「神曲」を題材とした「ダンテの小舟」でパリの画壇へとデビューします。

その色彩豊かな画風はのちに印象派の画家たちに影響を与え、エキゾチックでオリエンタルな画風は象徴主義の画家たちにも影響を与えたといわれています。

「キオスの虐殺」で一躍有名人に

画壇へのデビュー後まもなく発表した絵画「キオス島の虐殺」(1823)は、オスマン帝国からの独立を目指すギリシャの住民を、トルコ軍が殺戮したという実際の事件を題材に描いたものです。1824年のサロンに出品されたこちらの作品は、全体に漂う陰鬱で悲惨な描写が当時としては非常にセンセーショナルであり、賛否がはっきりと分かれた衝撃的なものでした。

一部の批評家などからは、ドラクロワの描く人間の怒りや激情、悲惨な現実の描写は絵画として不適切であると非難されましたが、この絵画はある種のジャーナリズム的に機能し、広く民衆の関心を集めました。それまでは現実と隔絶した世界にあった芸術の世界を、現実に起きている悲惨なギリシャ独立運動の実態を切り出すものとして、いわば絵画のあり方を再定義する役割を担ったのです。これをきっかけにドラクロワは、絵画の新しい形を提示し、新時代を担う画家として高く評価されるようになりました。

ショパンとの出会いと関係

ドラクロワは、そうした現実を直視した政治的な作品の数々の反面、同時代を生きたピアノの詩人・ショパンとの交流でも知られています。

ドラクロワとショパンを引き合わせたのは、「男装の麗人」といわれていた女流作家、ジョルジュ・サンドです。サンドはショパンの恋人であり、かねてよりドラクロワと交流があったことから、サンドがドラクロワにショパンを引き合わせ、二人の交友が始まりました。

後述するように、ドラクロワの代表作には「ショパンの肖像画」があります。ドラクロワはショパンを賞賛し尊敬しており、ショパンが結核に侵され死の縁にあるときには何度もお見舞いをしたといわれています。

ドラクロワの代表作

当時の画家たちを驚かせたドラクロワのドラマティックな描写は、ロマン主義の第一人者として新しい時代を拓く画家と目されていました。そんなドラクロワのセンセーショナルな代表作をご紹介します。

「民衆を導く自由の女神」1830年

ドラクロワの作品の中で最も有名な作品です。絵画におけるロマン主義の代表作で、フランス7月革命がテーマです。先述の「キオス島の虐殺」同様、政治的な要素が強いため、16年間も展示されませんでした。

7月革命は、フランス革命政府が倒れたのちに復古していたブルボン朝による王政を、再び民衆が立ち上がり打倒する革命でした。旗を持って人々を先導する女性は、自由な民衆によるフランス共和制のシンボルとして大人気となり、フランスの紙幣に描かれたこともありました。

「アルジェの女たち」1834年

アルジェリアのハレムの側室たちの様子が描かれています。ふくよかで女性的な魅力にあふれ、どこかオリエンタルな雰囲気の女性が描かれた作品で、当時の常識を覆す淫靡で退廃的な雰囲気が革新的な印象を受けます。本作はパリで公開され、ピカソ、ゴーギャン、ゴッホ、セザンヌら後世の多くの画家たちに影響を与えました。

「ショパンの肖像画」1838年

有名なショパンの肖像画ですが、ルーヴル美術館にあるデッサンから、実はこの作品にはもう一人の登場人物がいたことが分かっています。ピアノを弾くショパンの傍には、本来であれば彼の恋人・サンドが描かれています。

もともとの構図から見ればむしろ、ショパンの肖像画というよりも、ショパンの演奏に耳を傾けているサンドを描いた作品なのではないかとも思えますが、なぜか二人は別々に切り裂かれてしまいました。

何故、ショパンとサンドは切り離されたのか

若い恋人たちが素敵な時間を過ごしていた作品が切り分けられ、別々の美術館に所蔵しているのは何故なのでしょう?

未完成で亡くなった

これは、ドラクロワが作品を未完成にしたまま息を引き取ったためといわれています。本作が描かれたと思われるのは1838年ごろといわれ、ドラクロワが亡くなったのは1863年ですが、本作はドラクロワ死後にアトリエに置かれていたものを誰かが発見したものと推定されています。そうしてこの作品を見つけた誰かが、ショパンとサンドを切り分けてしまったのです。

その誰かが、なぜ二人を切り分けてしまったのかは判然としません。もしかしたら、そうした方が作品の価値があがると考えたのかも知れません。いずれにせよ、若い2人の恋人を描いた美しい本作が、ドラクロワの意図にそぐわない形で編集され、世に出たことは不幸といえるでしょう。

肖像画に秘められた悲しい物語

絵画の世界で革命を起こしたドラクロワ。彼の描く豊かな色彩感に人々は驚きました。彼と親しかったピアノの詩人ショパンと女流作家のサンドは、10年に及ぶ関係が破局してショパンは生きる気力を失い数年後に病死します。ドラクロワの描いた有名なショパンの肖像画には悲しい失恋が秘められていたのです。

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