いつまでも廃れない東京観光の名所「東京タワー」の歴史を紹介

2019.10.09

港区にそびえる赤い巨塔。東京タワーは完成から半世紀以上が過ぎた今日も、東京の観光名所として親しまれています。東京都市圏にお住いの方なら一度は足を運んだことがあるでしょう。この記事ではそんな東京タワーの歴史について詳しく解説していきます。

東京タワーの存在意義

東京タワーのことをかつての東京のシンボルとして認識している人は多いはずです。しかし東京タワーはただのシンボルとして建設されたわけではありません。東京タワーの歴史を知るに当たって、そのものについての認識を再確認しましょう。ここからは東京タワーの存在意義について解説していきます。

関東の集約電波塔

東京タワーは関東一帯に向けた電波集約、送信を目的として建設されました。高さは333メートルで2019年現在では日本で2番目に大きい建造物とされています。前述にもある通りかつては電波集約、送信を行う電波塔として昨日していましたが、現在ではその役目を東京スカイツリーに譲り、有事の際に機能する呼び電波塔として機能するようになっています。

東京タワーの歴史

東京タワーは2018年で完成から60年を迎えました。戦後の高度経済成長期から現在に至るまでの東京を見つめ続けた東京タワーの歴史は、非常に長く価値のあるものです。ここからはそんな東京タワーの歴史を竣工から現代に至るまでを3つのポイントに分けて解説していきます。

建設開始まで

東京タワーが建設が開始されたのは1957年です。管理を請け負った日本電波塔株式会社はそれまでの間に、当時の塔建築の第一人者である内藤多仲を招いての設計や、条件の揃った土地の確保など多くの段階を踏んでいます。またあまり知られていませんが現在東京タワーがある場所は、かつて麓の増上寺の墓地の一角であったところを取り壊して確保した特殊な場所となっています。

完成

完成までの期間はなんと1年3ヶ月という弾丸工事でした。完成以前のテレビ電波はテレビ局がそれぞれの電波塔で送信を行なっており、サイズが限られていたため電波の届かない地域が存在していましたが、東京タワーが完成したことによりそれらの問題は解決されました。なお施工には大手ゼネコンの「竹中工務店」が携わっていたことでも有名です。

電波送信終了

東京タワーが電波送信を完全に終了したのは2018年です。なお電波送信終了から5年前の2013年には主要テレビ局7社が送信施設を東京スカイツリーに移転しており、電波送信終了時に東京タワーを利用していたのは「放送大学」と「FMラジオ」の2社のみでした。また同年には管理会社である「日本電波塔株式会社」は社名を「株式会社東京タワー」に変更しています。

東京タワーの豆知識

ここまでは東京タワーの大まかな歴史を解説しました。東京タワーが歩んできた60年の流れが見えてきたところでしょう。ここからは補足事項として東京タワーの構造や、名物であるライトアップなどの東京タワーの意外な一面が垣間見える豆知識を紹介します。

簡素で柔軟な構造

東京タワーは設計の段階で重厚な鉄筋構造の案が出ていました。しかし工事の簡略化や期間を考慮した上で現在の鉄骨造に決定したとされています。なお安定性が重視される電波塔ということもあり、強風や災害に対しても揺らぎなどが少なくなるよう、強固かつ柔軟な設計がなされています。

また部材には朝鮮戦争で使用された戦車のスクラップなどが使用されているなど、時代がかった一面も持ち合わせていることでも有名です。

ライトアップはいつから?

東京タワーを象徴するライトアップ。その始まりは平成元年にあたる1989年の元旦です。それまでは東京タワーの輪郭を浮かび上がらせる、電飾を利用したイルミネーションが利用されていました。

東京タワーの歴史はこれからも

竣工から60年以上がたった東京タワー。そこには当時の放送業界の発展をになった確かな思いが残されています。来たる2020年のオリンピックでも世界からの観光客で大いに賑わうはずです。この記事をきっかけに東京タワーの新たな一面を知っていただけたら幸いです。

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