歌舞伎の名門中村屋を家系図から解説。中村屋の歴史と若手役者も紹介

2018.11.12

中村屋といえば歌舞伎界の名門です。長男・勘九郎一家の様子はお茶の間で人気ですし、歌舞伎を知らなくても中村屋は知っているという人は多いのではないでしょうか。ここでは中村屋の歴史とあわせて、期待の若手も紹介します。

中村屋とは

中村屋は、『中村勘三郎』系一門の屋号です。一般庶民が苗字を持たなかった江戸時代には、歌舞伎役者は屋号をつけてその代わりとしました。

屋号は一門の芸や伝統を示す看板のような役割を果たしており、人々はひいきの役者の屋号を叫んで声援を送ったのです。ここでは中村屋として知られる、中村一門について詳しく紹介します。

江戸時代の中村座がはじまり

中村屋という屋号は、江戸時代『三座』の1つと認められた『中村座』に由来しています。『中村勘三郎』は中村座の座元となるものが襲名してきた名跡でした。

勘三郎という名跡には古い歴史がある一方、中村屋という屋号はさほど古くはありません。というのも、初代~十三代目までは『柏屋』、十四~十六代目までは『舞鶴屋』という他の屋号が使われていたからです。

中村屋となったのは昭和25年(1950年)、十七代目中村勘三郎の襲名時ですから、屋号としては新しいといえます。

中村姓イコール中村屋ではない

中村勘三郎一門の屋号は『中村屋』ですが、これは苗字にちなんでいるわけではありません。歌舞伎の屋号は一門の出来事や由来に基づくものが多く、苗字とは全く異なるものがほとんどです。

そのため同じ中村姓でも、一門が違えば屋号も異なります。例えば『中村吉右衛門』は『播磨屋』、『中村歌右衛門』は『成駒屋』です。

家系図を紹介

中村勘三郎の初代は、中村座の座元だった『猿若勘三郎』です。猿若勘三郎はのちに中村勘三郎と改名し、これが名跡となって受け継がれました。

1895年に十三代目中村勘三郎が没した後は勘三郎を継ぐものがいなかったため、十四~十六代目までは『預かり名跡』となり、実際に襲名した人はいません。

ところが昭和に入り、長く絶えていた名跡を復活させたのが、『三代目中村歌六』を父に持つ、十七代目中村勘三郎です。

彼は初代~十三代目までの『柏屋』、十四~十六代までの『舞鶴屋』を改めて、前述のとおり、『中村屋』を屋号としました。現在勘三郎は十八代目まで続き、2012年以降は空き名跡となっています。

中村屋の看板役者

十八代目勘三郎の死後、中村屋の代表名跡は空席となっています。しかし今なお十八代目の功績をたたえる人は多く、死後も人々の記憶に深く残っています。十八代目勘三郎の功績と、現在中村屋の看板を支える若手役者を見てみましょう。

挑戦し続けた十八代目中村勘三郎

常に新しい歌舞伎に挑戦し続け、歌舞伎ファンの裾野を広げたと言われるのが十八代目中村勘三郎です。

十八代目は女形など様々な役柄をこなす実力派歌舞伎役者として知られていました。歌舞伎通から高い評価をうけつつも、伝統に縛られず新しい歌舞伎を目指した人です。

新しい試みとして『コクーン歌舞伎』や『平成中村座』を立ち上げ、2001年には野田秀樹の脚本と演出による新作歌舞伎を発表するなど、精力的に活動しました。

海外公演も積極的に行って歌舞伎の認知度を高める一方で、日本の地方劇場にも足繁く通い、歌舞伎の裾野を広げました。

若手役者の活躍

十八代目勘三郎は2012年に57歳の若さで亡くなってしまいましたが、中村屋の伝統と芸は若手がしっかりと受け継ぎ、守っています。

まず筆頭は十八代目の長男『中村勘九郎』と次男『中村七之助』でしょう。彼らは父の遺志をつぎ、中村屋のスペイン公演を成功させたほか、父が行っていた地方巡業などを精力的に行っています。

2018年には『平成中村座の十八世中村勘三郎七回忌追善公演』も企画するなど、中村屋をもり立てています。

また、十八代目勘三郎の部屋子(同じ楽屋に入る子供)として認められた『中村鶴松』も注目されています。部屋子は一般家庭から歌舞伎役者の門下となり、芝居や踊りを学ぶ子供です。

鶴松は小学5年生で部屋子となり、2代目鶴松を襲名しました。十八代目からは『3人目のせがれ』として可愛がられた秘蔵っ子で、これからの活躍が期待されています。

個性豊かな独自公演

十八代目が取り組んだ新しい歌舞伎は、今や中村屋の独自公演として定着しています。伝統と新しさが融合した歌舞伎を見たい人は、ぜひ劇場に足を運んでみてはいかがでしょうか。

平成中村座

平成中村座が初演されたのは、2000年の東京・浅草でした。江戸時代の芝居小屋を再現するため、仮設劇場に『平成中村座』と名付け、公演を行ったのです。

平成中村座では、江戸の雰囲気に近づけるため、劇場内の定式幕を『白・柿・黒色』にしたり、内外に中村屋の紋『角切銀杏』を描いたりしました。

公演は十八代目が亡くなった翌年(2013年)以外は毎年行われ、2014年にはニューヨークで復活公演を果たしました。

全国巡業公演

中村一門は、全国の小さな地方劇場を定期的に回って公演しています。この巡業公演は季節によって『春暁・錦秋・新緑』と名を変え、2005年より毎年欠かさず行われています。

これは劇場まで足を運ぶことができない地方のファンのために、十八代目勘三郎が企画した公演です。十八代目の死後も2人の息子が中心となって公演を続け、毎年異なる趣向で地方ファンを楽しませています。

若手役者が活躍する中村屋に注目

十八代目が早逝してしまった中村屋ですが、現在は2人の息子が立派に中村屋をもり立てています。若い兄弟2人は、これからますます芸にも磨きがかかっていくのではないでしょうか。

今後彼らが歌舞伎界でどのような存在になっていくのか、目が離せません。

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