大江健三郎の初期代表作「飼育」を解説。ノーベル賞作家の原点を読み解く

2019.10.08

今もご存命の文豪「大江健三郎」。彼が描いてきた作品は近代、現代文学において非常に価値のある名著揃いです。学生時代から優れた作品を次々と発表し、常に文壇で存在感を発揮してきた大江健三郎ですが、その初期作品のなかでも傑作と名高いのが「飼育」です。この記事では「飼育」のあらすじとストーリーの内容、解釈について解説していきます。

「飼育」とは

日本人としては2人しかいないノーベル文学賞受賞者。そのうちの一人が、大江健三郎です(もう一人は川端康成)。

大江健三郎は東京大学文学部在学中より執筆活動にいそしみ、その手腕は活動初期の頃から並外れて光るものがありました。サルトル(※)などの実存主義哲学をバックグラウンドにもち、独特な世界観で構成される大江ワールドは、戦後間もない時代の青年の虚無感や閉塞感を題材にしたものが多く、独特の生々しさのある作品群となっています。

ここからはそんな大江健三郎が大学在学中に発表し、芥川賞受賞作ともなった初期作品「飼育」の概要を解説していきます。

(※ジャン=ポール・サルトル:「実存主義とは何か」「嘔吐」などの著作で知られるフランスの思想家。サルトルの哲学について知りたい方は、以下関連記事もぜひご覧ください。)

[関連記事] フランスの哲学者「サルトル」の実存主義とは?5分で簡単に解説

大江健三郎の出世作

「飼育」は1958年に発表された作品です。戦後復興からの高度経済成長期に差し掛かった当時の日本において、大江健三郎は大学生にしてすでに精力的な活動を行なっていました。

本作は発表された年の芥川賞を受賞し、大江健三郎の名を世間に知らしめることとなった出世作でもあります。その後発表から2ヶ月という短期間で単行本化された点を踏まえても、大江健三郎の文才がいかに世間からの注目を集めていたかが伺い知れます。

  • 作品名:死者の奢り・飼育(※「飼育」を含む短編集)
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飼育以前の発表作は?

大江健三郎が本格的な作家活動を開始したのは1957年からです。大学の学園祭に出展された処女作「奇妙な仕事」が新聞に掲載されるなどすでに文壇界隈の注目を集め、同年に発表した「死者の奢り」で作家として正式なデビューを果たしました。

その後も初の長編作品である「芽むしり仔撃ち」などを発表し、在学中の弱冠23歳にして「飼育」で芥川賞を受賞するに至ります。若いころから常に文壇の注目を浴び、優れた作品を残し続けてきた作家といえるでしょう。

「飼育」のあらすじ

初期・中期・後期と作風が変化していく大江作品。そんな初期作品のなかでも代表格と目される本作ですが、いったいどんなストーリーなのでしょう?そこでここからは参考までに、飼育の大まかなストーリーや作品の意図について解説していきます。

墜落した米軍機

「飼育」は戦時中の日本を舞台に、とある村落へ墜落してしまった米軍機の黒人パイロットと、村落に住む主人公の子供との奇妙な交流を描く物語です。

墜落事故からなんとか生き延びたパイロットですが、村人たちに捕まり、軍に引き渡すまで村の牢屋に幽閉され、捕虜となります。そんなパイロットに毎日食事を与え、桶にたまった排泄物を処理する役目になったのが主人公の少年でした。

主人公とパイロットの不思議な交流

今まで見たことがない敵国の軍人に対し、好奇心旺盛な村の子供たちは熱狂的に興味をそそられますが、大人たちはなかなかパイロットと子供たちを会わせてはくれません。そんななか、毎日パイロットを見ることができる主人公は、ちょっとしたヒーローでした。

しばらくの時間を過ごすにつれ、主人公とパイロットの間には精神的なつながりのようなものが生まれていきます。主人公はパイロットを牢から出して村へ連れて行ったり、パイロットも主人公に対し友好的な態度をみせるなど、言葉は通じないながらも日々の素振りから、両者の間には確かに心の交流があったのでした。

意外な結末と少年時代の終わり

しかし、この交流は意外な形で幕を閉じることになります。

米軍パイロットは、軍に引き渡され連行される寸前になって、食事を運んできた主人公をやにわに人質に取ります。しばらくの膠着状態のすえ、やむをえなくなった主人公の父は、パイロットの頭に鉈を振り下ろし殺してしまいますが、その際に「主人公の指」も一緒に切り落としてしまいます。

こうして終わった2人の関係ですが、その後主人公がいだいたのは不思議な感覚でした。それは、「自分はもう子供ではない」という思いです。自分の少年時代は終わったという決定的な実感に包まれながら、少年は村で無邪気に遊びまわる子供たちを見つめているのでした。

どのように解釈できる?

人それぞれ多様な解釈があるでしょうが、一般的と思われる解釈をいくつかくわえてみましょう。

物語の骨子にあるのは、「子供が大人になるとはどういうことか」というテーマでしょう。子供は、村という閉ざされた社会の中で、外部に対して無関心に、ひたすら無邪気に生きています。一方大人になると、村のことだけ、自分のことだけを考えて生きていくわけにはいきません。その意味で、この物語は「子供が外部性を獲得することで、大人となっていく」という一つの大きな流れがあるといえます。

「戦争」「黒人パイロット」という舞台装置は、いわば「外部」「異物」の象徴といえるでしょう。村の、そして自分の精神世界の外部にあるものと交流する中で、子供は徐々に無邪気さから脱却し、大人への第一歩を踏み出すことになります。

そして、最後にパイロットが主人公を人質にとったとき、この交流はある意味でクライマックスを迎えることになります。それは、人間は無邪気なままではいられないということを、主人公が決定的に知ることになるからです。

軍に引き渡されるのに抵抗するため、友情を結んだ子供を盾にする”大人”のパイロットの姿。そのパイロットを殺害するため、子供の危険もかえりみず頭に鉈を振り下ろす”大人”の父親の姿。その姿を目の当たりにして、子供はもう子供ではいられません。切り落とされた少年の指は、いわば「子供時代の無邪気さの象徴」であり、子供時代との不可逆的な決別が比喩的に描かれています。

少年時代はいつ終わる?

大江健三郎の「飼育」はデビュー2年目にして芥川賞を受賞した大出世作です。そのストーリーは凄惨ながらも、人の心に訴えかける生々しい手触りがあり、大江健三郎という作家の本質を垣間見せてくれる名著といえるでしょう。気になる方はこの記事を参考に、名著揃いの大江作品最初の1冊として「飼育」を手に取ってみてください。

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