クラシックのピアノ曲と言えばショパン。彼の生い立ちと代表曲の背景

2018.11.10

クラシックのピアノ曲に詳しくなくとも、ショパンの曲ならば聞いたことがある人も多いのではないでしょうか?ショパンの人生を知ってから、改めて彼の曲を聴くとまた違った印象になるかもしれません。彼の生い立ちと代表曲を解説します。

ショパンが才能を表したのは子ども時代

名曲を生み出した作曲家のなかには、子ども時代から才能を表した人も少なくはありませんでした。ロマン派を代表する作曲家であるショパンもその1人です。

ここではショパンの生い立ちについて、解説します。

幼い頃から音楽がそばにある家庭環境だった

ショパンは、フランス人の父とポーランド人の母の間に、4人兄弟の長男として1810年に生まれました。

父はヴァイオリンを愛し、母はピアノや声楽を嗜むという音楽家の夫婦の下で育ったショパンは、4歳のときに初めてピアノに触れます。母の弾くピアノを聴いて、即興で真似て演奏をするなど幼いころから音楽の才能にあふれていました。

ショパンの父母は寄宿学校を経営しており、ショパンが6歳のときに、そこに指導者として来ていたピアニスト・作曲家のヴォイチェフ・アダルベルト・ジヴヌィに師事します。モーツァルトやバッハ、ハイドンやフンメルの曲を演奏しながら、彼は芸術音楽を吸収していき作曲家としての土台を築きました。

初めての作曲はポロネーズ 第11番 ト短調

ショパンは6歳からジヴニーにピアノの指導を受けはじめ、翌年の1817年には初めての作品『ポロネーズ 第11番 ト短調』を書き上げました。

彼のこの作品は、ショパンの名付け親であるスカルベック伯爵の援助により出版されます。

ショパンの代表曲

1810年に生まれ、1849年にわずか39年という短い生涯の幕を閉じるまでの間に、さまざまな形式のピアノ曲を作り出たショパンは、『ピアノの詩人』とも呼ばれています。

ここでは、ショパンの代表曲のなかから3曲を紹介します。

革命のエチュード

ショパンのエチュードには、『12 Etudes Op.10』と『12 Etudes  Op.25』、そして『3つの新練習』の曲集があります。革命のエチュードとして知られる曲は、12 Etudes Op.10のなかの第12番です。

ショパンは、曲に名前を付けることを嫌ったとされており、革命のエチュードは正式な曲名ではありません。

この曲は、ショパンの故郷ワルシャワがロシア軍によって制圧されたことを聞いて、ショパンが絶望したときに書かれた曲です。

幻想即興曲

ショパンが生涯の中で書き上げた即興曲は全部で4曲あります。その4曲の中でも、最初に書き上げられた『幻想即興曲』は、誰もが1度は聞いたことがある曲と言っても過言ではないでしょう。

ショパンは、この曲を公表するつもりはなく、彼を生涯支え続けた友人であるジュリアン・フォンタナに破棄するように依頼していました。

しかし、音楽の教養と知識を持ったフォンタナは、この曲は破棄するにはもったいないと考え、『幻想』という言葉を『即興曲 OP.66』に付け加えて発表しました。

左手と右手のリズムが異なっている独特な演奏形式やメロディーも1度聴いたら忘れられません。

英雄ポロネーズ

英雄ポロネーズの正式曲名は、『ポロネーズ 第6番 変イ長調 OP.53』です。ショパンが革命によって引き離されてしまった祖国ポーランドのことを考えながらショパンが作った曲のうちの1つとされています。

ピアニストにとって、難易度が高い曲としても知られています。しかしその反面で、完璧な演奏による勇壮さを聴衆に感じさせられます。それは、まさに英雄という言葉にふさわしいでしょう。

ポーランド民謡を取り入れながら書き上げたこの曲は、ポーランド民謡をピアノの力強い演奏と、華やかさで芸術音楽として人々に愛されています。

名曲はまだまだある

代表曲として、3曲を紹介しましたが、それ以外にもショパンの名曲はまだまだあります。ショパンは生涯で全166曲のピアノ曲を書き上げたと言われています。

ここでは、ショパンの名曲3選を紹介しましょう。

ノクターン 第20番 嬰ハ短調 遺作

ノクターン 第20番 嬰ハ短調 遺作は、1830年に作られたピアノ独奏曲で、ショパンの姉ルドヴィカに贈られた曲です。

楽譜に書かれている速度記号から標題をとって、『レント・コン・グラン・エスプレッシオーネ』と呼ばれることもあります。全体的に悲しげな印象を与える旋律が特徴です。

遺作というのは、彼が最後に作った曲という意味ではなく、彼の死後に楽譜が出版されたという意味です。

雨だれ

『雨だれ』の正式曲名は、『24の前奏曲 作品28 第15番』で、全24調すべてを使った曲集『24の前奏曲』に含まれています。

ショパンが恋人である女流作家のジョルジュ・サンドと、彼女の前夫との間に生まれた子供たちと一緒にマヨルカ島を訪れたときに、書き上げられました。

ある日、買い物に出かけたサンドは急な雨によって帰りが遅くなってしまいます。病気を患っているショパンが、雨音を聴きながら彼女の帰りを不安に思いながら待っているショパンが作った曲です。

ピアノの連打する音によって、優雅な雨の音、また激しい雨音を再現しています。

別れのワルツ

ショパンは、寄宿舎学校時代以来の友人であるフェリックス・ヴォジニスキの家に滞在中、その妹マリアに出会い、美しく成長した彼女に恋心をいだきました。

そして、滞在期間を終え、別れ際に彼女に贈った曲が『ワルツ第9番変イ長調作品69-1』で通称別れのワルツです。

マリアと過ごした楽しい時間を思い出させるような旋律をワルツにのせて再現しています。

短い生涯で才能を発揮し続けた天才作曲家

39歳という短い生涯の中で、ピアノ曲を中心とした数々のクラシック曲を書き上げたショパンは、恋多き作曲家でした。

また、病気によって人生を終える時まで、作曲活動に励んでいたショパンの曲は、ピアノの美しい音色とともに彼の人生が表現されています。

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