短編『抒情歌』に見る川端康成の死生観とは。自死にいたる文豪の思想にせまる

2019.10.04

『抒情歌』は、日本人初のノーベル文学賞を受賞した川端康成が「最も愛する近作」とも述べた重要な短編です。この記事では、川端康成の短編『抒情歌』について、あらすじやそこに表れた死生観について紹介します。

川端康成の重要作『抒情歌』とは

『抒情歌』は、『浅草紅団』や『水晶幻想』などを発表し流行作家として活躍し始めてしばらく後、川端が33歳の時に発表された短編です。ここでは、その『抒情歌』の概要とあらすじをご紹介します。

『抒情歌』は川端康成が最も愛した短編

『抒情歌』とは1932に雑誌『中央公論2月号に掲載された短編小説です。

川端が婚約までした伊藤初代との恋愛に破れてから10年後、その経験を客観的に整理し、文学に昇華することで生み出されたと言われています。1934年に『新潮』誌上に発表した「文学的自叙伝」では、川端が最も愛している近作と述べられています。

物語は、ある女性から亡くなった元恋人への独白という形式で語られます。

『抒情歌』のあらすじ

幼少期より霊感が強かった竜枝(作中では「私」)は、夢の中で出会った青年(作中では「あなた」)と数年後実際に恋に落ち、ともに暮らし始めます。

ある時、母親の死を直感して帰省し竜枝は、父親から青年との結婚の許しを得ます。ところが、青年はその間に竜枝の友人・綾子と結婚し、竜枝は、2人の新婚旅行の初夜に霊能力で香水の匂いを嗅ぎます。

その後、霊感を失った竜枝は、青年の死を察知できませんでした。失意の中、竜枝は様々な宗教の経典や霊媒の記録を読みあさり、青年の霊に再会したり生まれ変わって結ばれたりするよりも、互いに自然の一部となって青年と結ばれたいと願うようになります。

  • 商品名:水晶幻想/禽獣 (※「抒情歌」を含む短編集)
  • 参考価格:1,512円(税込)
  • Amazon参考ページ:こちら

『抒情歌』に表れる川端康成の死生観

『抒情歌』は、主人公の竜枝の物語を縦軸としながら、古今の宗教や物語に表れる様々な死生観を横軸として展開します。この短編を通して表現された川端の死生観について解説します。

竜枝が読んだ死生観をめぐる書物

『抒情歌』では、竜枝の人生と青年との恋の進展が時系列を前後するかたちで綴られますが、その間に、過去の書物や経典が竜枝の胸中の思いとともに紹介されていきます。

竜枝は、死んだ人に語りかけるのは人間の悲しい性としながら、霊媒師レナード夫人が語った霊の世界に思いを馳せつつ、ダンテやスウェーデンボルグなど思想を「現実的すぎて貧弱」と退けます。

また、死後の家族への供養を記した仏典を好むとしながら、森羅万象に精霊を見出す一休和尚の思想をより美しいと述べます。そして、仏教やピタゴラスの論じる因果応報を「ありがたい抒情詩のけがれ」とする一方で、古代エジプトの「死者の書」の転生の歌や、ギリシャ神話で草木や動物に姿を変える神々に、「素直で明るい光」や「朗らかな喜び」を見出し、好ましく思うのでした。

川端康成の死生観とは

恋人と別れ、妬みと憎しみの強い感情に苛まれた竜枝は、これらの「輪廻転生の抒情詩」に触れることで、天地万物を大らかに愛する心を取り戻して行きます。

死後の魂が生前と同じ人格や業を担うという考え方を否定して、人間と動物や植物の魂には貴賎などなく、人間と自然界の万物は区別ない同一のものであるとして、「私」も「あなた」も自然の中に合一して行くことを望むようになったのです。

竜枝が読んだ様々な書物は、とりもなおさず川端自身が触れた思想に他なりません。幼い頃の肉親との死別や失恋の痛手から立ち直る過程で、川端は『抒情歌』の執筆を行い、自らの死生観を整理していったのです。

他の作品にも見られる川端康成の死生観

肉親や愛する人との別離を繰り返した川端にとって、死生観の考察は生涯のテーマでもありました。そんな川端の思想が顕著にみられる重要作をご紹介します。

『末期の眼』

『末期の眼』は、初期の川端の死生観と芸術観が強く表れているとされる代表的な随筆で、1933年に『文藝』誌上で発表されました。

川端は、古賀春江、梶井基次郎、芥川龍之介といった芸術家・文学者たちの最期について述べながら、日常性や生存のための煩悩から離れて、自然や周囲の事物を眺めること、すなわち死から生を眺める「末期の眼」を獲得することが、美を見出す秘訣だと論じています。

  • 商品名:川端康成随筆集 (岩波文庫) 
  • 参考価格:1,015円(税込)
  • Amazon参考ページ:こちら

『山の音』

『山の音』は、1949年から1954年にかけて複数の雑誌に発表された長編小説です。

ふとした時に耳にした「山の音」に死の告知を感じとり恐怖を抱く初老の男が、息子の嫁に淡い恋心を抱きつつ様々な家族の問題に直面する日々を、鎌倉の美しい自然や風物とともに描き出しています。

「ただ生きているだけで、世間から忘れ去られた、みじめな姿を想像すると、そんなになるまで生きたくないと思います。(中略)人間はみんなに愛されているうちに消えるのが一番よいと思います。」という登場人物の言葉は、川端の最期を予期しているようにも思えます。

  • 商品名:山の音 (新潮文庫) 
  • 参考価格:680円(税込)
  • Amazon参考ページ:こちら

川端の自死の謎にせまる

一人の女の独白というかたちで示された若き川端の死生観は、その後の作品にも反映されているでしょう。それでは、72歳でガス自殺をした自身の死については、川端はどのように考えていたのでしょう。ノーベル文学賞も受賞した世界的文豪の死の謎について、作品を通して思いを巡らせてみてはいかがでしょうか。

「小説」のその他の記事
その他のテーマ

ART

CULTURE

CRAFT

FOOD

TIME