後世に多大な影響を与えた画家「エル・グレコ」。唯一無二の作風と代表作

2019.09.30

スペインを代表する画家エル・グレコ。実はその名前は「ギリシャ人」を意味するニックネームで、本名はドミニコス・テオトコプーロスと言います。この記事では、エル・グレコの作風や人生、代表作を解説します。

エル・グレコの個性的な作風とは

 ギリシャ出身のエル・グレコは、イタリアに渡った後、ティチアーノやティントレット、パルミジャニーノといった画家に影響を受けながら、自然主義的な色や光、三次元性の表現を身につけていきました。

やがて、引き伸ばされ捻じ曲げられたような独特の身体表現や、劇的な光と闇の効果を取り入れた独自のスタイルを確立し、後期マニエリスムを代表する画家となりました。

エル・グレコの波乱万丈の人生

ギリシャで画家として独立していたエル・グレコは、やがてスペインを代表する画家にまで登りつめていきます。ここでは、その波乱万丈の人生をご紹介します。

ギリシャ、イタリアで過ごした前半生

エル・グレコは、1541年にギリシャのクレタ島で生まれました。同地でイコン画家として独立していましたが、1567年にヴェネツィアでティツィアーノに弟子入りし、ヴェネツィア・ルネサンスの様式を学びました。

芸術を厚く保護したファルネーゼ家に出入りし、高位のスペイン人聖職者や知識人と交流しています。のちにローマへ移り、オルシーニ家の庇護のもとで活動しますが、1577年までにはスペインへと拠点を移しています。

スペインのトレドで活躍した後半生

エル・グレコは、スペインに移ると当時の宗教的な中心地であったトレドに居を定めました。最終的には受取りが拒否されたものの、1584年には国王フェリペ2世から依頼を受けるほど高く評価され、その後、多く教会や修道院の祭壇画を描きました。

エル・グレコはときに批判に晒されながらも愛好家にも恵まれ、個人顧客のための小型の祈念画や肖像画も残しています。1614年に亡くなり、生前に自ら購入した墓廟に葬られました。

日本でも見られる!エル・グレコの代表作

少なからぬ支援者に恵まれ、数多くの作品を残したエル・グレコ。その代表的な作例を厳選してご紹介します。

エル・グレコ作品の白眉「オルガス伯爵の埋葬」(1586~1588年/サント・トメー聖堂)

トレド出身の名士オルガス伯爵が亡くなった際、天から聖人がやってきて手ずから埋葬したという伝承を題材とし、エル・グレコが独自の様式で描いた最初の作品とされます。

上部には天界が描かれ、左右に聖母マリアと洗礼者ヨハネを従えたイエス・キリストが描かれ、伯爵の魂を迎え入れようとしています。下部には伯爵の肉体を埋葬する様子が描かれ、列席する当時の知識人や有力者に紛れてエル・グレコ自身やその息子の姿も描かれています。

サント・トメー聖堂ウェブサイト

エル・グレコの特徴が分かりやすい「聖霊降臨」(1605~1610年頃/プラド美術館)

イエス・キリストが昇天して後、祈りを捧げていた聖母マリアや使徒たちの頭上に天から炎のような舌が降り、聖霊に満たされた使徒たちは布教のために地中海各地の言葉を授かった、という新約聖書の一場面を描いた作品。

一連の他の場面とともに祭壇画を構成しました。細長いキャンバスに聖母マリアとマグダラのマリア、11人の使徒の引き伸ばされた身体が、様々なポーズや表情で描かれています。

プラド美術館ウェブサイト:Pentecost

岡山県倉敷の至宝「受胎告知」(1590~1603年頃/大原美術館)

日本で見られる数少ない貴重なエル・グレコ作品。聖母マリアが天使ガブリエルから神の子イエスを身ごもったことを告げられる場面を描いた一枚で、画面の左側で振り返るマリアと今まさに天から降り立った様子の天使が視線を交わしています。鳩の姿をした聖霊の降誕が、まるで稲光のように描かれ、この場面の神秘性を劇的に表現しています。

大原美術館ウェブサイト:受胎告知

ピカソら近代の画家にも影響

後期マニエリスムの巨匠、あるいはバロック絵画の先駆けとされるエル・グレコですが、実際には、他のどの画家とも比肩できない個性的な作風を築き上げました。

その芸術は、マネやセザンヌら近代の画家たちにも影響を与え、ピカソも青の時代の傑作「カサヘマスの埋葬」でエル・グレコを参照しています。多くはマドリッドのプラド美術館とトレドで見ることが出来ますので、スペイン旅行の際には、ぜひその芸術を堪能してみてください。

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