三島由紀夫の絶筆『豊饒の海』。不可能とされた舞台化が実現した理由

2019.09.26

三島由紀夫の絶筆である『豊饒の海』は、長年不可能と言われた舞台化が2018年に初めて実現されたました。この記事では、そんな偉業を成し遂げた2018年の舞台『豊饒の海』についてご紹介します。

小説『豊饒の海』とは

三島由紀夫の最後にした最大の長編小説シリーズで、『春の雪』『奔馬』『暁の寺』『天人五衰』の全4部で構成されています。第1部で20歳の若さで亡くなる主人公が、続く巻で次々と転生しながら登場する物語が、若い頃失った親友への憧れを抱き続ける男、本多繁邦の目を通して描かれています。

輪廻転生と人生の夢をテーマにした壮大な物語で、「究極の小説」を目指して執筆したとされています。

舞台『豊饒の海』とは

4世代にわたる輪廻転生という壮大な物語であるだけでなく、文学史上重要な作品である『豊饒の海』は、いかにして舞台化されたのでしょうか。まずここでは上演情報ならびにキャストについてご紹介します。

2018年に初舞台化された『豊饒の海』

4部作からなる長編『豊饒の海』は、そのうち第1部で明治の貴族の恋愛を描いた『春の雪』だけがこれまでにも重ねて舞台化、あるいは映画化されてきました。

60年の時をまたぎ、舞台も日本だけでなくタイまで広がる物語『豊饒の海』全編の舞台化は、これまで不可能とされてきましたが、2018年株式会社パルコの制作によって実現。2018113日~122日に紀伊國屋サザンシアターTAKASHIMAYAにて上演されました。

舞台『豊饒の海』の主要登場人物とキャストを紹介

  • 松枝清顕役/東出昌大

1部『春の雪』の主人公であり、全編を通じてのキーパーソン本多が憧れとともに追いかけ続ける人物。舞台では「美」の象徴として物語を通して登場する印象的な役を舞台は二度目の挑戦の東出昌大が担いました。

  • 本多繁邦(青年期)役/大鶴佐助

1部『春の雪』で主人公清顕の親友として登場し、全編を通してその輪廻転生と時代の変遷に立ち会う人物の青年期を、唐十郎を父に持つ演劇界のサラブレッド大鶴佐助が演じました。

  • 本多繁邦(壮年期)役/首藤康之

2部『奔馬』で、清顕の生まれ変わりの右翼青年・勲を助けるために判事から弁護士へと立場を変え、第3部ではタイの姫君として生まれ変わったジン・ジャンに翻弄される壮年期の本多を、バレエダンサーとして華々しいキャリアを持ち、近年はテレビドラマなどでも活躍する首藤康之が演じました。

  • 本多繁邦(老年期)役/笈田ヨシ

4部『天人五衰』では、老年期の本多が、清顕の生まれ変わりと信じて安永透を養子にとり、様々な苦悩を味わいます。そんな「年齢」を重ねた本多の厚みを表現したのは、当時85歳で、若い頃三島と面識があったという笈田ヨシでした。

  • 飯沼勲役/宮沢氷魚

2部『奔馬』の主人公で右翼思想から財界要人の暗殺を企てる青年・飯沼勲役を、宮沢氷魚が演じました。舞台は2018年夏に主演を務めた「BOAT」が初めてという宮沢は、難解な三島作品にも気負わず楽しんで挑んだようです。

  • ジン・ジャン役/田中 美甫

3部『暁の寺』で清顕の生まれ変わりとして登場するタイのジン・ジャン姫役は、ダンスの素養も持つ女優・田中美甫が演じました。ジン・ジャンに心惹かれた本多が、別の女性との同性愛での肉体関係を目にし、覗き趣味を開花させてしまうという短いながら衝撃的なシーンに登場しています。

  • 安永透役/上杉柊平

4部『天人五衰』では、清顕、勲をともに20歳で失った本多が、清顕の第3の生まれ変わりである透を養子として夭逝しないよう大事に育てようとします。そんな本多の思いを踏みにじるように悪魔的な存在へと変わっていく透を、ここ数年、徐々に活躍の場を広げる俳優・上杉柊平が演じました。

舞台『豊饒の海』を成功させた演出の妙とは

舞台化は不可能とも言われた壮大な物語の脚本を担当したのは、数々の戯曲賞を受賞している長田育恵、演出を担当したのはロンドンを拠点に注目を集めるマックス・ウェブスターでした。2人はどのようにして不可能を現実にしたのでしょうか。

4部作が平行して進む構成の妙

舞台『豊饒の海』では、4部にもおよぶ長編を2時間40分の舞台に仕上げる必要がありました。そのため、第1部『春の雪』を主軸としながら、他の3部作の場面を、時系列ではなく時代を前後しながら挿入し、ときに別の時間、空間の出来事が同時に進行するような思い切った演出が取り入れられています。

例えば、第1部『春の雪』で清顕が本懐を遂げ思いを寄せる女性と体を重ねる場面と、第2部『奔馬』のラストで清顕の生まれ変わりである勲が切腹する場面が、同じ舞台上で繰り広げられました。

一見、分かりにくいように思われますが、4部作を通して共通する「清顕の魂の純粋さ」が現れる場面を重ねることで、物語のメッセージがより明確に伝わるよう構成されていたのではないでしょうか。

能を思わせる舞台装置

60年余りの時間と様々な場面が交錯する『豊饒の海』の舞台化には大変複雑な舞台装置が必要になりそうですが、実際には、無垢の板材による極めてシンプルな舞台が用意され、わずかな小道具によって場面転換がなされました。

そのなかで、清顕の魂を追い求める本多の人生が夢のように交錯する様子は、能の舞台を見ているかのような夢幻性に満ちています。三島自体も執筆において下敷きにしたという能の思想が反映された演出は、原作のエッセンスを見事に表現していたと言えるでしょう。

再演とDVD化が待ち望まれる舞台『豊饒の海』

きわめて巧みな演出によって成功をおさめた舞台『豊饒の海』は、再演やDVD化が待ち望まれる名作と言えるでしょう。再演やDVD化のニュースが飛び込んでくるその日まで、まだ読んだ事がないという方はぜひ原作にチャレンジしてみてはいかがでしょうか。

  • 商品名:豊饒の海 第一巻 春の雪 (新潮文庫)
  • 参考価格:767円(税込)
  • amazon参照ページ:こちら
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