真っ白な顔に赤いラインが印象的な『隈取』を見ると、「歌舞伎だ」とすぐにわかります。しかしなぜ歌舞伎ではこのようなメイクを施すようになったのか、気になりませんか?隈取の種類や意味を理解して、歌舞伎をもっと身近に感じてみましょう。
歌舞伎の象徴とも言える隈取とは?
隈取とは、顔を白塗りして赤や青のラインを入れる、歌舞伎特有の化粧法です。歌舞伎といえばこの隈取を連想する人も多く、まさしく『歌舞伎の象徴』とも言えるのではないでしょうか。
隈取とは
隈取とは前述のとおり、歌舞伎特有の化粧方法です。
歌舞伎の演目には、江戸時代以前の事象を扱った『時代物』と、町人話メインの『世話物』があるのはご存知でしょうか。隈取が用いられるのはこのうち『時代物』のほうで、登場人物に合わせたいろいろな隈取を見ることができます。
時代物の特徴としては『様式化』が進んでいることがあげられ、登場人物のセリフ回しや見せ場、演出はある程度決まった型があります。
隈取はそんな時代物の『様式』の1つともいえ、隈取を見れば、観客は遠くからでも登場人物の役割や感情がひとめでわかるようになっているのです。
今に伝わる隈取のルーツ
隈取を初めて行ったのは、元禄時代の人気歌舞伎役者『初代市川團十郎』です。
当時初代團十郎は、人形浄瑠璃をベースにした『坂田金時』の物語の舞台に出演していました。そしてわが子を金時の息子として登場させる際、赤と黒の隅を用いて化粧を施したのです。
そしてこの時施した隈取が、今に伝わる隈取の起源と言われています。
現在の隈取はぼかしが加えられるなど、より洗練された形態に進化し、『歌舞伎と言えば隈取』と連想されるまでにポピュラーなものとなりました。
決められた型はあるものの、ラインの長さや太さには歌舞伎役者の個性が表れるため、いろいろな役者の隈を見比べてみても面白いかもしれません。
隈取が表現しているもの
人間が怒れば赤味がさしたり、筋が浮き出たりするでしょう。隈取はこうした『人間の顔の血管や筋肉』を強調して表現したものです。
隈取は登場人物のの表情を引き立て、強さや不気味さをも強調します。歌舞伎ならではの演出の1つとしては、なくてはならないものと言えるでしょう。
隈取で分かる登場人物の人柄
隈取を見れば、登場人物がどのような役割を持つのかがわかります。隈取のラインや色にどんな意味があるのか、見てみましょう。
隈取りの表情と種類
ひと口に隈取といっても、隈の向きや本数はいろいろです。隈取は表情を強調する役割があるため、登場人物がエネルギッシュだったり怒りの感情を持っていたりすると隈の本数が増えます。
また同じ人物でも場面によって隈が変わることもあるため、隈取で人物の感情を計ることもできるのです。
隈取の種類は大きく分けて50種類以上あると言われており、美男子は下まぶたに赤い隈を取ったり、不気味で冷たい登場人物には頬骨に沿って青い隈を取ったりと、決まった様式があります。
それぞれの色の特徴と意味
隈取に使われる色は赤、青、茶ですが、それぞれの色には意味があります。
- 赤:正義や勇気、強さを象徴し、善を意味する
- 青:冷酷さを象徴し、悪を意味する
- 茶色:鬼や妖怪など、人外のものの不気味さを意味する
基本的にはこの3色がメインとなりますが、『黒』を用いた隈取もあります。
代表的な隈取の解説
隈取の意味が理解できたところで、代表的な隈取をみてみませんか?ここでは、人気の高い演目の隈取を紹介します。
善人
善人は、前述のとおり赤をメインにした隈取になります。ここでは、特に有名な『むきみ隈』と『一本隈』を紹介します。
むきみ隈
まずむきみ隈は、若々しく正義感にあふれた登場人物が施す隈取です。目頭から眉毛まで立てに入れた隈が『ハマグリのむきみ』に似ていることから、この名前で呼ばれるようになりました。
『助六』の主人公や『寿曽我対面(ことぶきそがのたいめん)』の『曽我五郎』に使われています。
一本隈
一方一本隈は、荒々しく豪快な『荒事』の演目で用いられます。目じりの横から頬にかけて1本の隈を取るため、この名前が付きました。
この隈は比較的やんちゃな役柄に使われることが多く、『菅原伝授手習鑑(すがわらでんじゅてならいかがみ)』の梅王丸(うめおうまる)や『国性爺合戦(こくせんやかっせん)』の和藤内(わとうない)に見ることができます。
悪人や人外
悪人や人外のものの隈は、赤以外がメインです。ここでは『時平の隈(しへいのくま)』と『不動明王の隈』を見てみましょう。
時平の隈
時平の隈は、不気味な印象を受ける青の隈取です。不気味さや冷酷さが伝わってくるこの隈取は『公家荒れ』とよばれ、その人物が位の高い敵役であることを表しています。
特に『菅原伝授手習鑑』に出てくる大悪人・藤原時平(ふじわらのしへい)が有名です。
不動明王の隈
一方『不動明王の隈』は『歌舞伎十八番(かぶきじゅうはちばん)』の『不動(ふどう)』で使われます。額部分に縦に入れられた隈はゆらめくように波打っており、神の炎を表現しています。
隈取のやり方
隈取のような独特の化粧は、歌舞伎でしか見ることができません。隈取のアイテムやメイク方法が気になる人は、歌舞伎メイクの方法をチェックしてみませんか?
代表的な歌舞伎メイク方法
隈取に必要なメイクアイテムは、白粉、刷毛、筆、鬢付け油、紅と非常にシンプルです。隈を取る手順は次のようになります。
- 鬢付け油を化粧下地として顔に伸ばす
- 白粉を水に溶き、刷毛で塗る
- 油紅を筆にとり隈を取って指でぼかす
隈を取った後は油墨で眉を入れたり、目もとを強調したりします。
歌舞伎の化粧は歌舞伎役者自身で行うため、隈取に役者の個性を見ることができます。魚拓のように役者の『顔拓』を取って、いろいろな役者の隈取をコレクションしている人もいるそうです。
奥深い隈取の世界
隈取は歌舞伎を象徴するものであると同様、歌舞伎の様式美の1つと言えます。役柄ごとの隈取が分かれば登場人物への理解が深まりますし、心情にも共感しやすくなるでしょう。
歌舞伎の物語は難解だと躊躇している人は、隈取を理解することから始めると、内容をつかみやすくなりますよ。奥深い隈取の世界に、ぜひ注目してみましょう。