愛と欲望と破滅。谷崎潤一郎の問題作「痴人の愛」を読み解く

2019.09.13

戦後の日本において活躍した文豪の中で、その優れた官能的表現力と女性描写で支持を集めた谷崎潤一郎。そんな彼がまだ若手であった頃に発表し、高い評価を受けた作品が「痴人の愛」です。谷崎らしいエロスとフェティシズムが詰め込まれた名著について解説していきます。

痴人の愛とは

谷崎潤一郎は戦前の頃より官能的なフェティシズムを追求し、数多くの名作を世に送り出しました。その中でも、女性の美しさと男の破滅を描き、人間の本性を暴き出す「痴人の愛」は、谷崎潤一郎の傑作のひとつです。

ここからは生涯で様々な賞を欲しいままにして、歴史に名を残した文豪の名著「痴人の愛」がどのようにして執筆されたのかを解説していきます。

谷崎潤一郎の初期代表作

痴人の愛は谷崎潤一郎の作家人生の中でも初期にあたる1924年に執筆された作品です。前代表作でありデビュー作でもある「刺青」の発表年数は1910年であるため、実力や余裕なども伴ってきた時期に執筆された作品であるとも言えます。

すでに30代となっていた谷崎潤一郎は、前作に比べても高い表現力を身につけており、作家として円熟期にあった本作は谷崎イズムの出発点となった作品ともいえるでしょう。

作者の私小説

谷崎潤一郎は痴人の愛を「私小説」と定義しており、作品には谷崎潤一郎自身のフェティシズムを思わせる描写も多数あります。また作品に登場するヒロインのモデルは当時引き取っていた前妻の妹であり、谷崎潤一郎がいかに本作をリアリティ溢れるものにしようとしていたかが伺い知れます。

当時の日本を思わせるリアリティ溢れる仕上がりとなっており、作中で登場した人物の特徴などは流行語として広く知れ渡るなど様々な反響を呼びました。

痴人の愛の内容

谷崎潤一郎の作風は当時らしい退廃思想などをふんだんに盛り込んでおり、現代の読書家にとっては受け入れ難い面もあるでしょう。「痴人の愛」はそんな谷崎作品の中でも、女性の美しさに狂い、破滅していく男の姿を描いたマゾヒスティックな作品で、人によっては「後味が悪い」と感じる人もいるかもしれません。ここからはそんな「痴人の愛」のストーリーを解説していきます。

貧しき少女と出会う主人公

痴人の愛の主人公「河合譲治」は独身の技師であり、その生活に満足しつつ孤独な暮らしをしています。そんな中、河合は浅草のカフェで働く美少女「ナオミ」に一目惚れをしてしまいます。連れ合いもいなかった河合は、こうした女を手元に置いて妻として育て上げるのも一興だと思い、ナオミを身請けすることを決意します。

それまでの質素な生活のおかげで貯まっている資産を利用して大きな家を借りた河合は、ナオミを連れそこで2人暮らしを始めるのです。2人の年齢は13歳も離れており、貧しい美少女を囲うしがない中年という設定には、谷崎らしいフェティシズムが漂います。

美しく成長するナオミ

河合ははじめ、ナオミを教養溢れる高貴な女性として育て上げ、プラトニックな関係を築こうとします。しかしナオミは教養を身に着けることはなく、代わりにどんどん美しく妖艶に女性としての成長を遂げていきます。

次第に河合は、ナオミの女性的魅力にはまり込んでしまい、抜け出すことができなくなります。わがままで浪費家、それでいてますます美しくなるナオミの前に、河合はなすすべがなく、ナオミを満足させるため田舎に借金をしてまで様々なものを買い与え、次第にナオミの若い友人らとともに退廃的な生活を送るようになります。

絶縁と復縁、そして破滅

そんな生活に危機感を感じていた河合は、ある日ナオミが浮気をしていると思われる場面に遭遇します。一度はナオミに否定されたものの、結局のところナオミが複数の男性と性的な関係をもっていたことが発覚し、河合は激怒してナオミを追い出してしまいます。

ナオミと絶縁したはいいものの、ナオミの美しさの虜になっていた河合は、ナオミのことが脳裏から離れません。一方のナオミはというと、関係を持っていた男友達のもとに居座り、その金で贅沢三昧を送っているという淫蕩ぶり。その様子を聞きつけた河合は、やりきれない思いでナオミのことをなんとか頭から振り払おうとします。

そんな河合のもとに、あるときナオミが「荷物を取りに来た」などと言いながら、河合の家にやってくるようになります。日を追うごとに美しくなっていくナオミに心も体も奪われてしまった河合は、ついにナオミに屈服し、ナオミの美しさの奴隷として生涯を送ることを決めるのです。

仕事もやめ、田舎の財産も売り払い、ただナオミに金銭と肉体を捧げるだけの存在となった河合は、男として、人間として破滅しながらも、ナオミの美しさに魅了され続けるのでした。

ファムファタルを描く谷崎渾身の代表作

退廃的なストーリーや耽美主義的なフェティシズム、マゾヒズムといった様々な要素が絡み合う「痴人の愛」は、発表当時大変なセンセーションを巻き起こしました。

とくに、本作のもう一人の主人公であるナオミの、わがままで淫乱、にもかかわらず抜け出せない絶望的な魅力…といった不思議なキャラクターは驚きをもって迎えられ、「ナオミズム」という流行語が生まれるほどの社会現象となりました。

また、「痴人の愛」で描かれるナオミの姿は、後に日本における「ファム・ファタル(※)」のひとつの型として確立され、現代においても重要なキャラクターとなっています。

理性では抗い切れない美と退廃を描く「痴人の愛」は、谷崎イズムの一つの完成形といってもいいでしょう。

(※ファム・ファタル:直訳で「運命の女」を意味するフランス語。ニュアンスとしては、「その妖艶な魅力と魔性で、男を破滅に追いやる女性」といった意味合いで、絵画や文学など様々な芸術においてしばしばモチーフとされる)

理性を超えた愛ゆえの破滅を描く傑作

谷崎潤一郎による破滅的ラブストーリー「痴人の愛」は出版当初から話題となった名作です。その内容は過激でありながらも時代を超えた人気を誇り、現代においても高い評価を集めています。

身も心も奪われ、最後には破滅するほどの恋愛。恐ろしいですが、同時にどこか人間の本質をあらわにされているような気もします。動物的な欲望は理性を超えて、時に自らの破滅をもいとわない暴走へと人間を導いてしまうのではないでしょうか。

文学史上に残る問題作を、ぜひ読んでみてください。

痴人の愛を読みたい方は

  • タイトル:痴人の愛
  • 筆者:谷崎潤一郎
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