フランスを代表する作家・スタンダール。ロマン溢れる代表作と意外なエピソード

2019.09.06

スタンダール(1783年~1842年)はフランスのグルノーブル出身の小説家です。本名はマリ=アンリ・ベール。スタンダールは筆名で、ドイツの小都市シュテンダルに由来しています。ロマンティスト(ロマン主義者)でありながら現実主義者でもある彼の代表作をご紹介します。

スタンダールについて

スタンダールは、フランスのグルノーブル高等法院に努める弁護士の父と、名家の母のもと生まれました。出自からもわかる通り、大変裕福な家庭であったといいます。彼の生涯を覗いてみましょう。

ナポレオン戦争と出世、そして没落

スタンダールの少年~青年期は、ちょうどフランス革命が勃発し、ナポレオン戦争・7月革命を経て国民国家の概念が成立した時代です。そんな激動の時代にあって、スタンダールもまた動乱の中に身を置くことになります。

17歳のとき親類のコネでナポレオンのイタリア遠征に参加し、それ以降は軍人・官僚としてナポレオン政府に勤めますが、やがてナポレオンが失脚するとスタンダールも官僚としてのキャリアを閉ざされてしまいます。

小説家として活動

そこでスタンダールは、ジャーナリスト・小説家として文筆で生計を立てることを決意します。自由主義者として知られる彼は、ナポレオン失脚後の復古王政やメッテルニヒ指揮下の前時代的な国際秩序を批判し、リアリズム的な著作を執筆していきました。

そうして文筆家として精力的に活動を続けていたスタンダールですが、突如脳溢血により亡くなってしまいます。59歳という早すぎる死でした。

母親への異常なほどの愛

余談的なエピソードですが、スタンダールは、現代でいうところの「マザコン」だったことでも知られています。彼は音楽が好きで、ダンテを愛読し、頭が良くて優しい母親アンリに恋といっていいほど親密な感情をいだいていました。ひたすら母を愛し、母とのキスを邪魔する父を憎悪するほど憎んでいたといいます。

そんな最愛の母を7歳の時に亡くすと、その傾向は一層拍車をかけ、スタンダールが死ぬまで続きました。父が生まれた国であるフランスは、自分の祖国にもかかわらず好きになることはできず、代わりに母の出自であるイタリアを愛していました。

「写実的」「冷静」などと評される、スタンダールのフランスへの体制批判は、このように祖国フランスへの帰属意識が少なかったからこそできたのかもしれません。

スタンダールの代表作

59歳で亡くなるまで定まった家を持たなかったスタンダール。憧れのイタリアやフランス国内を転々としていました。

彼が遺した名作中の名作や、おすすめの代表作をご紹介します。

「赤と黒」1830年

「スタンダールといえばこの作品」とでもいうべき、彼の最大の代表作です。「ベルテ事件」と呼ばれる、家庭教師の男が逆恨みでかつての勤め先の夫人を殺そうとしたという実際にフランスで起きた事件を、スタンダールが脚色して長編小説としたものです。

頭脳明晰で美貌の青年ジュリアン・ソレルの恋愛や青春を描いた作品です。ジュリアンが生涯愛するレナール夫人はスタンダールの母親がモデルといわれています。激しい野心と燃えるような情熱の結果、ジュリアンは死刑を運命として受け入れます。何度も映画化や舞台化されている不朽の名作です。

「赤と黒」というタイトルの由来は謎

タイトルの「赤と黒」の由来は、実はわかっていません。作中でこれらが特段の役割を果たしているわけではなく、スタンダール自身も説明していないのです。

軍人が着る軍服の赤と聖職者が着る僧衣の黒を表しているという説や、出世を運に賭けているようなジュリアンの生き方をルーレットの回転盤の赤と黒を表しているという説がありますが、真相は不明です。

第一身分・第二身分への批判も

また、ベースとなるストーリーに加え、この作品は「旧体制や特権階級への批判」という様相も呈しています。本作の中で描かれる貴族や聖職者たちは、フランス革命によっていったんは権力を失ったにもかかわらず、それを反省せずただ次なる革命を恐れながら堕落した生活を送っています。

自由主義者として知られるスタンダールの、鋭い体制批判が詰まった作品です。

「パルムの僧院」1839年

「赤と黒」と双璧をなす、スタンダールの代表作です。僅か52日間で書かれたというこの作品は、「狭き門」などで知られるアンドレ・ジッド、「戦争と平和」などで知られるトルストイなど、同世代の多くの文豪に影響を与えました。

小説の舞台はフィクションで、タイトルの「パルムの僧院」は物語の中でたった一度しか、しかも最終頁以外に登場しないという斬新な構成です。

主人公の若く美しい貴族ファブリスはナポレオン崇拝者で、ワーテルローの戦いに参加しますが重症を負い逃げ帰ります。ファブリスに振り回せられる女性たち。ファブリスに全てを捧げる叔母の伯爵夫人、殺人を犯して幽閉されて出逢った司令長官の娘であるクレリア。最終的にはクレリアとの間にできた子供もクレリアも亡くなってしまい、ファブリスはパルムの僧院へ向かいます。

旅と音楽を愛したスタンダール

旅先で音楽を聴いたりするのが好きだったといわれるスタンダール。モーツァルトを愛し、そして母の出自でもあるイタリアをこよなく愛していました。そんな彼の愛がつまった、あまり知られていない作品を紹介します。

「モーツァルト」1815年

モーツァルトを愛する有名人はとても多いですが、スタンダールもそのひとりでした。スタンダールが愛したのはチマローザ、モーツァルト、シェイクスピアだけだというのは有名な逸話です。

モーツァルトファンに必見のスタンダールによるモーツァルト伝です。何といっても、スタンダールならではの文章が魅力的でおすすめです。

「イタリア紀行」1817年

憧れていたイタリアの魅力に虜になったスタンダール。1817年に訪れたローマ、ナポリ、フィレンツェでの日々を日記のように綴っています。スタンダールの数ある紀行文の中でも最高傑作といわれています。

スタンダールはイタリアをこよなく愛し、実際に移住したこともありました。しかしフランスとイタリアの関係があまりよくなかったこともあり、スタンダールはスパイの嫌疑をかけられフランスへと失意の帰国をせざるをえませんでした。

愛しているのに手に入らない気持ちは、母に対する愛慕の情と通じるところがあったかもしれません。

生きた・書いた・愛した

ロマン主義者のフランスの文豪スタンダールは、最後はパリの街頭で脳溢血で倒れ亡くなりました。パリのモンマルトルにある墓碑銘には「書いた・愛した・生きた」と書かれています。まさに激動の時代を生きたスタンダールの人生を象徴する言葉といえるのではないでしょうか。是非、スタンダールの代表作を手に取って読んでみてください。

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