『蟹工船』のあらすじは?今も色あせない日本プロレタリア文学の金字塔を読み解く。

2019.09.04

かつて劣悪な労働を強いられている人々の生活を、白日のもとに晒した名著「蟹工船」。発表当時大変な物議を醸し、非常にセンセーショナルな作品として語り継がれています。この記事では、そんなプロレタリア文学の金字塔、小林多喜二の「蟹工船」のあらすじや執筆背景について紹介していきます。

蟹工船とは

現代において「蟹工船」という言葉は聞きなれないものでしょう。まずは当時の社会情勢を踏まえ、蟹工船とは何かについて解説していきます。

かつて存在した工場船

工船とは、船内に工場を有する船のことです。19世紀前半の日本で当時一大産業であった缶詰製造業において、高級品としてとくに重要視されたのが「カニの缶詰」でした。

蟹工船は、そのカニの缶詰を作るため、タラバガニの産地であるカムチャッカ半島付近を航海する大型船であり、捕獲したカニを船内でそのまま缶詰に加工する工場がありました。

ここで働く労働者は、急激に成長する経済からはじき出され、働き口を求めてきた農村や漁村の人がほとんどでした。とくに、蟹工船はオホーツク海方面に繰り出して漁をしていたため、近場から連れてこられた東北出身者が多かったそうです。数か月にわたり船上で暮らしながら、極寒のオホーツクで過ごすその労働環境は極めて劣悪であり、凄惨なものだったとされています。

小林多喜二による小説作品

そうした劣悪な労働環境を告発する形で執筆されたのが、小林多喜二の小説作品「蟹工船」です。出版されたのは、世界的な大恐慌が起こった1929年のことであり、資本主義社会の歪みを指摘した本作は年内の作品としては最大のヒット作となりました。

しかし、出版当時の日本はおりしも軍国主義を推し進めていた時代であり、共産主義運動などの高まりから、言論への統制が強化されていました。プロレタリア文学として共産主義と強く結びついている本作のテーマに加え、作品の内容の中には不敬罪とも取れる一節があったことから、激しい物議を巻き起こします。

最終的に待っていたのは悲劇的な結末でした。特高警察により作者の小林多喜二が逮捕されてしまい、拷問によって凄惨な最期を遂げてしまうのです。こうした社会情勢もあり、ブームは早々と収束へと向かい、「蟹工船」はしばらくの間「忘れられた小説」として、あまり日の目を見ることがなかったといいます。

センセーショナルな名著であったのにも関わらず、時代の潮流に飲み込まれ忘れ去られてしまった名著「蟹工船」。しかし2008年、ワーキングプアの問題の高まりなどからその内容は再注目され、昭和を代表する作品の1つとしてブームを巻き起こし、再び支持者を増やしています。

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蟹工船のあらすじ

そんな現代にも影響を与える「蟹工船」とは、いったいどんな小説なのでしょうか?「蟹工船」の大まかなあらすじを紹介していきます。

劣悪な労働環境

「蟹工船」は、政府とのつながりが深い大企業が保有する蟹工船で、労働者として働く人々の信じがたいほど過酷で劣悪な労働環境を描いています。現場に無関心な上層部や冷酷な現場監督によって、人間がモノのように扱われ、人権が蹂躙され、徹底的に酷使される描写が詳細に描かれています。

そうした現実に耐えるしかないと思い込む労働者たちでしたが、遭難した一部の労働者がロシア人に救助され、共産主義に通じる「労働者の権利」について聞かされたことで、事態は変わります。労働者たちは自らの現実がおかしいことを徐々に自覚し、やがて彼らは結束しはじめ、次第に支持者を集めつつ大掛かりなサボタージュやストライキを計画していくのです。

まさしく共産主義のいう「搾取する資本家vs搾取される労働者」という構図、そして「労働者の団結と反乱による社会革命」を具現化したようなストーリーは、日本の現実に落とし込まれているからこそ痛切なリアリティがあります。本作が日本プロレタリア文学の金字塔と呼ばれる所以です。

構成は群像劇

蟹工船の構成は、特定の1人の主人公を設定せず、蟹工船内において様々な視点から物語を展開する「船内群像劇」となっています。そのため作品自体は物語というよりもドキュメンタリーのようなテイストに仕上がっており、より告発作品としての側面が強く出ています。

また、こうした構成は、特定の人間だけが特権を受けるのではなく、それぞれの労働者たちを平等に扱おうとする共産主義的発想の表れとみることもできるかもしれません。

作品の執筆背景

「蟹工船」で一躍有名となった小林多喜二ですが、その後すぐに不敬な共産主義者として特高警察に逮捕されます。その後裁判にかけられ、最終的には残忍な拷問の末に命を落とすこととなってしまいます。

小林多喜二は、こうした危険を冒してもなお、なぜ「蟹工船」という作品を執筆したのでしょうか?ここからは蟹工船の執筆背景について解説していきます。

少年時代のすぐそばに

小林多喜二は、秋田県に生まれ北海道で育ちました。その時代の北海道は、主に海洋業などでの労働力不足のため、各所から労働者が集められ、いわゆる「タコ部屋」がいたるところにあったといいます。

また、オホーツク海への玄関口である北海道では、蟹工船もまた身近なものでした。そうした理不尽な労働者への酷使に触れていたことが、小林多喜二の思想や作風に多大な影響を与えたといわれています。

蟹工船は現代でも読まれる名著

小林多喜二の「蟹工船」は、その思想ゆえに、蟹工船の過酷な労働環境を誇張して書いている部分も多いとの指摘があります。とくに給与面や食事に関する描写については、疑問を呈する向きもあるようです。

仮にそうであったとしても、「蟹工船」が描き出す悲惨な労働者の描写は、現実に起きている様々な労働に関する問題意識の出発点となってくれることでしょう。

「蟹工船」が世に出てから1世紀近くが経とうとしている現代においても、法を犯して劣悪な労働環境を強いるケースは後を絶ちません。そのようなニュースがなくなる時代が来るまで、「蟹工船」という作品は語り継がれていくのでしょう。

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