華やかな宮廷画からグロテスクな絵画まで。謎多きスペインの巨匠・ゴヤの代表作

2019.09.03

ベラスケスと共にスペインの偉大な画家であるフランシスコ・デ・ゴヤ(1746年~1828年)は、粋な女性(マハ)とダンディな男性(マホ)の恋の場面や、華麗な宮廷世界からスペインの異端審問の恐怖、そして「黒い絵」と呼ばれる狂気を感じる絵画まで、彼が描いた数々の作品をご紹介します。

ゴヤについて

ゴヤの芸術は、そのキャリアを通じて、華やかな面と暗い面を同時に持っているような不思議な二面性があります。宮廷画家として活躍する一方、晩年には「黒い絵」と呼ばれる奇妙で狂気を感じる作品群を多く残しました。

若くして名声を確立したゴヤはどんな人物だったのでしょうか。その生涯を簡単に紹介します。

少年時代~サラゴーサで成功

北スペイン・アラゴン地方にあるフェンデトードスという小さな村に生まれたゴヤ。父親は錬金師の親方で、幼いころから芸術的な環境の中で育ちました。子供のころから画家のもとで見習いとして師事すると、24歳のときイタリアへ行きルネサンスの傑作に出会います。

25歳のときスペインに戻ると、早くから絵画や装飾の仕事を受注しはじめ、画家としての成功を収めます。

40歳のころには国王付きの宮廷画家となり、スペイン最高の画家と目されるなど、当時の画家としてはこの上ない華々しいキャリアといえるでしょう。

聴力を失い、作風が転換

しかし、そんなゴヤを悲劇が襲います。病により、1792年ごろ聴力を失ってしまうのです。このことがゴヤにどのような心境をもたらしたかは不明ですが、以後の作風はそれまでの華々しい宮廷画とはやや異なり、暗く陰鬱な作品も多く描くようになったといわれます。

戦争の恐怖

19世紀にはいると、ナポレオン率いるフランス軍とヨーロッパ諸国との戦争、いわゆる「ナポレオン戦争」の時代が勃発します。

なかでも1808年から6年間にわたり、フランスとの間で起こったスペイン独立戦争は、スペインの民衆によるゲリラ戦が展開され、熾烈な泥沼戦争の様相を呈しました。長引く戦争のなかで、フランス兵はスペインの反乱分子をマドリードの至る所で虐殺・処刑しました。

ゴヤもこうしたスペインの政情に大いに影響を受け、戦争をテーマにした絵画を多く書くようになります。ゴヤが描いた「1808年5月3日」(マドリード プラド美術館に所蔵)という作品は、そうした残酷な銃殺の描写です。

黒い絵

ナポレオン戦争終結後、ゴヤはマドリードにアトリエを作ります。このアトリエで73歳のときから4年間制作された14枚の壁画は、通称「黒い絵」と呼ばれます。これは、主題・色彩ともに極めて暗いものであることが呼び名の所以です。

陰鬱でグロテスク、狂気すら感じるこれらの作品群は、彼の晩年の厭世観と人間不信が原因ではないかと言われています。見るものに何とも言えない違和感と恐怖を与える「黒い絵」はしかし、後にシュルレリスムに大きな影響を与えました。

そうして幾度もの苦難を味わったゴヤでしたが、最晩年にも自由主義者として王政から弾圧を受け、亡命していたフランス・ボルドーでその生涯を閉じました。

ゴヤの代表作

その生涯を通じて次々に作風が変化していったゴヤの絵画は、実に多彩です。そんなゴヤの代表作をご紹介します。

「日傘」1777年

ゴヤ31歳の時の作品です。扉の上部に設置されるタピスリーのために構想されました。高い丘に二人の男女がいます。背景に空を際立たせるという単純な工夫を用いてタピスリーを設置するための高い場所に考慮して高さを感じるように描きました。

若い女性のために日傘を差しだしている若い男性。黄色のスカートの上にはおとなしそうな犬が乗っています。日傘によってできた若い女性の顔の陰影が、影になった瞳に生気を与えており、生き生きとした美しさを感じる作品。現在ではマドリード プラド美術館に所蔵されています。

「十字架のキリスト」1780年

ゴヤによって描かれたキリストの磔刑図です。この作品はスペインの偉大な画家であるベラスケスが描いた磔刑図の構図を参考に、ゴヤの同時代に活躍した画家アントン・メングスの磔刑図を模写したかのようなよく似た描写(イエスの表情、肉体など)を用いることで、2つの歴史的画家を効果的に結びつけています。

これは、制作前年に死去したメングスへの哀悼の意を表現しているのだといわれます。現在ではマドリード プラド美術館に所蔵されています。

「裸のマハ」1798~1805年

「マハ」とは、「洒落た貴婦人」といったような意味の言葉で、スペイン絵画においてよく登場する人気のモチーフです。ゴヤは、この主題を好み、特にキャリア中期にはよく描いています。

スペイン美術において、裸婦の絵はタブーとされていましたが、このタブーにゴヤが直球で勝負した作品です。しかし、「着衣のマハ」では性を強調しているとされ、「裸のマハ」と共に異端審問所に没収され、ゴヤは猥褻容疑で告発されました。現在ではマドリード プラド美術館に所蔵されています。

「ドナ・イサベル・デ・ポルセル」1804年~1805年

マンティーラという羽織をダイナミックに描いたスペインの貴婦人の肖像画です。大きな瞳、薔薇色の唇、凛とした表情、輝くような肌が圧倒的な黒に包まれて、心を奪われるような美しい作品です。現在ではロンドン ナショナル・ギャラリーの所蔵となっています。

「わが子を喰らうサトゥルヌス」1820年~1823年

「黒い絵」と呼ばれる14作のうち、最も有名な作品です。サトゥルヌスとはローマ神話に登場する神の名前。「将来、自分の子供によって殺される」という予言を受けたサトゥルヌスが、狂気に取りつかれ自分の子供を食い殺した、というショッキングなエピソードをモチーフにしています。

ゴヤの描いたサトゥルヌスは、そうした狂気を余すところなく描いているといっていいでしょう。目を見開き、最大限まで大口をあげて我が子を頭から貪り食うサトゥルヌスには、もはや神としての威厳は感じません。見るにおぞましいこの作品は、「黒い絵」を代表する陰鬱な作品としてよく知られています。現在では、マドリード プラド美術館に所蔵されています。

「ボルドーのミルク売りの娘」1825年~1827年

「我が子を食らうサトゥルヌス」と同じ作者が描いたとは到底思えないほど、女性の優しい表情がとても魅力的な作品。ゴヤはこの絵画を描いたとき最晩年であり、視力の低下と老齢で思うように描けなかったにも関わらず、この傑作を描きました。この作品が、ゴヤ生涯最後の作品であろうといわれています。

ゴヤは自信に満ち溢れていて、猛烈な勢いでこの作品を描き、決して手放そうとはしなかったといいます。現在ではマドリード プラド美術館に所蔵されています。

二面性をもつスペインの巨匠ゴヤ

初期の「日傘」のような美しい作品、悲惨な戦争への抗議として描かれた政治的作品の数々、そして晩年に描かれたグロテスクで狂気的な作品。到底同じ画家が描いたとは思えないバラエティに富んだ作品の数々が、ゴヤの魅力でもあります。

ゴヤの作品は、たとえばモネの印象派、ダリのシュルレアリスム、ピカソの「ゲルニカ」など様々な絵画の脈流に多大な影響を与え、「あらゆる近代絵画の先駆者」とも呼ばれるほど。そんなゴヤの作品が持つ計り知れない情熱とパワーを、ぜひあなたも自分の目で確かめてみてください。

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