短編『鼻』を読む。心理描写に込めた芥川龍之介のメッセージとは

2019.08.30

日本近代文学史を代表する作家・芥川龍之介を世に知らしめ、実質的な文壇デビュー作とされているのが短編小説『鼻』です。この記事では『鼻』の基本情報やあらすじ、そして作者によって物語に込められたメッセージを読み解いていきます。

芥川の実質デビュー作『鼻』とは

『鼻』は、芥川が東京帝国大学の友人である久米正雄、松岡譲らとともに創刊した雑誌第四次『新思潮』に掲載された短編小説です。

発表されるとすぐ、師と仰いだ夏目漱石から芥川へと賞賛の手紙が送られています。平安時代に成立した説話集『今昔物語集』の「池尾の禅珍内供の鼻の語」という物語をもとにしながら、筋立てを大幅に改変し、芥川らしく登場人物の心理描写に重点を当てて書かれています。

『鼻』のあらすじをポイントごとに紹介

原稿用紙にして数枚の短編である『鼻』ですが、その短い物語の中に、主人公や弟子の心の動きが実に細かく記されています。解説のポイントともなるため、少し詳しく『鼻』のあらすじをご紹介したいと思います。

導入

昔、禅智内供という偉い仏僧には顎の下まである長い鼻があり、内心、始終気に病んでいました。その鼻は日常生活にも支障をきたすほどで、たとえば食事のときには弟子に鼻を持ち上げてもらわなければならないというありさまでした。

しかし、僧侶の身で鼻のことを気にするのも体裁が悪く、また、自分が鼻を気にしていることを人に気付かれるのも嫌で、気にならないふりをしていました。

「僧侶なのだから、別に見た目を気にしなくても良いだろう」と周りは考えたものの、本人は、他人にバレないようになるべく鼻が短く見える方法を苦心したり、寺を訪ねてくる客人や過去の経典のなかに同じような鼻の人物を探したりして、心を慰めようとしていました。

展開

あるとき、弟子の1人が鼻を小さくする方法を医者から教わってきます。鼻を気にかけていることを隠している内供は、その方法にもすぐには飛びつかず、食事のたびに鼻を弟子たちに持ち上げてもらうのは申し訳ないので、と言い訳をしながら、弟子が自ら治療を強く薦めるのを待ちました。

その心持ちを読みとり同情した弟子は、さっそく治療を実践します。それは、熱湯で茹でた鼻を足で踏むというもので、実際にやってみると、鼻から粟粒のようなものが出てきます。それを毛抜きで抜くということを繰り返すと、内供の鼻は徐々に通常の大きさに縮んでいたのでした。

結び

再び鼻が長くなるのではないかと怯えながら1日を過ごした内供でしたが、翌日も鼻は短いままで、心が晴れやかになりました。

しかし、その内供の顔を見た人々は、これまで以上にあからさまに内供の鼻を笑いものにしているようです。不快になった内供は以前よりも機嫌が悪くなり、弟子たちにも辛く当たって、終いには鼻が短くなったことを疎ましく思うようになりました。

そしてある日鼻が一夜にしてもとの長さに戻ると、返って清々しい気持ちになるのでした。

『鼻』はどう解釈できる?芥川が伝えたかったこととは

昔話を元に書かれた『鼻』には、主人公や弟子、周囲の人々の心の動きが書き加えられることで芥川らしい趣ある短編に仕上がっています。そうした心理描写によって芥川が伝えたかったこととは何だったのでしょうか。簡単に解釈を加えてみましょう。

内供の自尊心

『鼻』の前半は、主人公内供の自尊心がテーマと読み取ることができます。

他人に会えば鼻ばかりを観察し、経典にも変わった鼻の人を探すという内供から見た世界は、自尊心によって歪んでしまっています。

芥川龍之介自身が残した『鼻』の創作ノートである「『鼻』自解」にも、「身体的な欠陥のためたえずVanity(虚栄心)になやまされている苦しさ」をこの物語に込めたと記されています。

芥川自身もそんな身体的欠陥に悩んでいたそうで、読者にもそんな心の弱さに共感して欲しかったのかもしれません。

周囲の人々のエゴイズム

『鼻』の後半は、本文中にも直接触れられている「傍観者の利己主義」、つまりエゴイズムがテーマです。

内供の周囲の人々は、鼻が長いときには同情して笑うことはしませんでしたが、鼻が短くなった途端にあからさまに内供の鼻を馬鹿にするようになりました。

大きな苦労を抱えた人物に対しては上から目線で同情をかけられても、その苦労が取り払われ、自分と同等か優位な立場になった途端に、憎悪や嘲笑の対象としたくなる。そんなルサンチマンともいえるエゴイズムが誰の心にも隠れていることを、芥川は示そうとしたのです。

『鼻』やその他の短編を文庫で楽しもう

短い滑稽話だからこそ独特の味わいと奥行きがある『鼻』は、芥川の他の短編とともに文庫で読むことができます。手元に置いて、その奥行きを繰り返し楽しんでみてはいかがでしょうか。

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