芸術家『岡本太郎』とは?規格外で破天荒なパワーを感じる代表作を紹介

2019.08.29

岡本太郎の特徴といえば、既成の芸術や因習をぶちやぶるアバンギャルドさ。一般の人にもわかりやすい、驚くようなパワーのある作品は、情報過多の現代にも埋もれることなく、生き生きとした姿を見せています。その破天荒とも言える作品や芸術論をまとめます。

お茶の間にも通じる太郎の芸術

岡本太郎は、戦前パリに留学し、当時ヨーロッパで流行していたシュールリアリズム芸術を学び、真摯に自分だけの芸術を追求した青春時代を過ごしました。その後、戦時中の兵役を経て、戦後の日本で芸術活動を開始します。その姿は、テレビの草創期に多くの番組に登場することにより、一般の人々に印象づけました。

太陽の塔に日本中がびっくり

1970年の大阪・万国博覧会で、国からテーマ展示のプロデュースを依頼された太郎は、既成概念を打ち破るものを制作することを宣言します。そして出来上がったのが、太陽の塔。エントランス建物の天井を突き破り、顔を出している高さ70mの塔でした。

顔が三つもあり両手をひろげているようなモニュメントは、内部に「生命の樹」と言われる作品群が展示されており、当時の日本人だけでなく、世界中の来訪者の度肝を抜きました。

今でも夜はライトアップ、内部の展示も一般公開されており、日本を元気付けるかのような堂々たる姿は、遠方からもひとめでわかるスケールの大きさを感じさせます。

名言の多くは、ビックリ発言

太郎自身の言葉は、テレビ番組やCM、多くの著作に残されています。特に、テレビ番組の中で「芸術は爆発だ」「なんだ、これは?」と両手を広げて叫ぶ姿は、当時の小学生も真似するほど流行に。

もちろん、太郎自身は素直に思ったことを述べていただけでしょうが、ほかにも「職業:人間」「芸術は生きること」など、彼の名言は、今も座右の銘にする人が多い言葉です。

岡本太郎の審美眼

命の輝きが芸術の源、と考えていた岡本は、自身の美を追求し、独自の審美眼で誰も気に留めなかった美を発見します。太郎は、それらを戦後の日本美術史観を変えるほどの熱量で発表します

生命力を感じた縄文火焔土器

1950年代、東京国立博物館で縄文土器を見た太郎は、衝撃を受けます。縄文火焔土器といわれる炎をモチーフに装飾をされた土器に、縄文人の息遣いや生きるための生活を感じる、と感動したのです。

数多くの縄文文化論を発表し、縄文土器を撮影して各地に紹介、当時、誰も注目していなかった縄文時代のブームの火付け役となります。

また、以降、日本人の生命力の源を見つけるために、各地を旅し、文章や写真、映像など消えゆく日本の習俗を記録しはじめました。

ドキュメンタリー映画「岡本太郎の沖縄」

そんな中、出会ったのが沖縄でした。まだ日本に復帰前の沖縄を訪れ、1ヶ月ほど旅をします。そして「御嶽」(うたき)と言われる琉球時代から国の祭事を行う神聖な場所をおとずれ、「草木しかない、その何もなさ」に感動します。

古代中国やエジプトなどの豪華絢爛な遺物の美もあるが、その真逆の神聖さに感動し、その後も沖縄を訪れ撮影をしています。沖縄での太郎をたどる2018年制作の映画も公開されています。

岡本太郎の一級資料

太郎の作品は、各地に残っています。それらを集めて研究したり、展示している施設を紹介しましょう。

川崎市の岡本太郎美術館で作品を体験

太郎は、80歳をすぎて自身の作品の多くを、生誕の地川崎市に寄贈しました。これらを集めて展示した美術館は、2019年で開館20周年。太郎が表現したかった生命力や日本人のアイデンティティなどを感じられる平面、立体の作品の数々が展示されています。また、子供達が楽しめるプログラムが充実しているのも特長です。

公式サイト|川崎市岡本太郎美術館

アトリエがある!岡本太郎記念館

東京都港区南青山にある太郎の住居とアトリエをそのまま残した岡本太郎記念館は、不思議な空間。没後20年以上たってもエネルギーを感じるアトリエや、彼が制作した不思議な生き物の彫刻が残るお庭など、THE岡本太郎ワールドを感じられる記念館となっています。

公式サイト|岡本太郎記念館

現代・渋谷に息づく「明日の神話」

岡本太郎の芸術は、現代だからこそ、生きてくるテーマがあります。渋谷の駅コンコース内にある明日の神話は、縦5.5m×横30mの巨大壁画「明日の神話」は、1954年、ビキニ沖諸島で行われた水爆実験の炸裂した瞬間を描いています。長らく行方不明になっていましたが、発見され多くの人の目に触れるように展示された壁画は、現代日本に生きる私たちにも問いかけてくるテーマです。

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