美術界に多大なる影響を与えた近代絵画の父「セザンヌ」の代表作とは?

2019.08.25

ポール・セザンヌ(1839年~1906年)は、フランスの画家で、伝統的なルールに捉われない独自の様式を探求し、「近代絵画の父」といわれるポスト印象派の画家です。美術界に大きな影響を与えた彼の代表作や人柄についてご紹介します。

セザンヌについて

ピカソをはじめ多くの画家に影響を与えたセザンヌ。サロンではアクの強い作品を出品し落選を繰り返しました。

少年時代~学生時代

セザンヌは、南フランスのエクサンプロヴァンスで銀行家の父を持つ家庭に生まれました。中学生の時に下級生にいた、後にフランスの著名な小説家となるエミール・ゾラと知り合います。父親の希望で入った法学部での勉強が肌に合わず画家の道へ進むべきか悩み、たびたびゾラに手紙を出しては、ゾラから早くパリで絵画の勉強することを繰り返し勧められていたと言われています。

画家として

大学を中退したセザンヌは、ゾラが勧めたパリに行きます。ルーヴル美術館でベラスケスなどの巨匠の作品に感動したセザンヌは絵画教室に入って学び、そこでピサロやギヨマンに出会っています。美術学校で成功するのは厳しいと感じたセザンヌは、エクスに戻り父親の銀行で働きながら美術の勉強をしました。しかし、銀行での仕事も肌に合わず再びパリを訪れ、今度はモネ、ルノワールと出会います。ドラクロワやマネに影響を受けたセザンヌは、サロンに絵を出品しますが、落選を繰り返します。

後世の画家に影響を与えたセザンヌの近代絵画

モネやルノワールらの印象派とは路線が違うことに気が付いたセザンヌ。その頃に細部を細かく描写しないセザンヌ独自の画法を確立させます。当時は「へたくそな絵、目に欠陥があるのではないか」と酷評をされますが、風景を柔らかく描き、空や樹々が溶けあう中で、人物を立体的に浮かび上がらせる独特の画法は後に高い評価を受け、後世の画家に多大なる影響を及ぼすことになります。

セザンヌの代表作(人物画編)

セザンヌ作品の中でも、人物を描いた作品で著名な代表作をご紹介します。人物を描くとき、人を物として見ていたセザンヌはモデルが同じ姿勢を保てず動くと「林檎は動かない」と怒鳴りつけたと言われています。

「オリーブ色の壁紙の自画像」1879年~1882年

セザンヌは30以上の自画像を描いています。画家として自らの風貌を記録する意味もありますが、自意識の高い画家だったことがうかがえます。オリーブ色の壁紙に禿げ上がった額が映えるように、また肩の曲線が鮮明にわかるように描かれている黒い線がリズミカルです。(ロンドン ナショナル・ギャラリーに所蔵)

「赤いチョッキの少年」1894年~1895年

この作品はセザンヌ作品の中で最高傑作と名高い最も有名な作品です。中央に大きく描かれている少年の右腕が、左腕よりもかなり大きく描かれているのが特徴的です。(チューリヒ ビュールレ・コレクションに所蔵)

「トランプをする人々」1892年~1895年

カードを真剣に見ながらトランプ遊びをする二人の人物が存在感たっぷりに描かれています。右側の人物は光が当たって、顔の表情がよく見えますが、左の人物はカードに光が当たっています。着ている服も黄色と紫がかった色で対照的。多くの対象的な表現が散りばめられた作品です。(パリ オルセー美術館)

セザンヌの代表作(静物画編)

60作以上も林檎を描かいた作品があり「林檎の絵描き」とも言われたセザンヌの林檎を描いた作品の中で著名な代表作をご紹介します。

「ペパーミントの瓶と青い布のある静物」1893年~1895年

セザンヌの静物画の中でも、とても独創性のある作品です。ペパーミントの瓶と大きなフラスコは音楽に例えるとメロディーです。林檎のシンプルな丸い形が繰り返されます。青い布は模様が浮かび上がり、右から左にかけて下がっている白いクロスが柔らかさを演出して、瓶やコップ、水差しの緊張感を解きほぐしています。(ワシントン・ナショナルギャラリーに所蔵)

「キューピッドの石膏像のある静物」1895年

絵全体のバランスをみるとキューピッドが大きく描かれて不思議な空間を感じます。林檎や玉葱と一緒に並べられたキューピッドは真っすぐに立っているのが困難な感じに見えます。現実にはあり得ない空間を作品の中では存在する空間として描いたのではと思われます。(ロンドン コート―ルド美術研究所に所蔵)

「りんごとオレンジのある静物画」1899年

今にも落ちそうな林檎たちが絵の中に居座ってるかのようです。ソファ―とテーブルの高さが違います。あり得ない空間が絵の中で成り立っています。空間の在り方を絵の中で可能にしてしまうことがセザンヌの絵を描くという行為なのだと感じます。(パリ オルセー美術館に所蔵)

林檎を描くことで勝負したセザンヌ

セザンヌは、なぜここまで多くの林檎の絵を残したのでしょうか。実は、幼少期にいじめられっ子だったエミール・ゾラを助けた事で袋叩きにされてしまったセザンヌに感謝したゾラが籠にいっぱいの林檎をプレゼントしてからというもの、林檎がセザンヌにとってのラッキーアイテムとなっていたと言われています。フランスの公式美術展覧会であるサロン・ド・パリに出品しては落選を繰り返していたセザンヌは、そんな「林檎でいつかパリを驚かせたい」と心に誓い描き続けます。そして、後に実際に彼の描いた林檎の絵は、パリどころか世界をも驚嘆させることになるのです。常識に囚われることなく我が道を貫き続けたその信念が、後世の画家に影響を与え、現代においても色褪せることなく愛され続けているのかもしれません。

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