妻子を捨て楽園を求めた「ゴーギャン」の波乱万丈の人生と代表作とは?

2019.08.24

ポール・ゴーギャン(1848年ゴーギャンの代表作をご紹介独特の画法を身に付けていきます。ゴッホとの共同生活でも知られる彼の代表作や、妻子を捨ててまで楽園に渡った彼の生涯についてご紹介します。

ゴーギャンについて

35歳で画家になる決意をしたゴーギャン。妻子と別れ楽園を求めたゴーギャン。南国の島タヒチで数々の名作を描き残しました。ポール・ゴーギャンについてまとめました。

少年時代

11歳から16歳まで神学校の学生でした。「人間はどこから来たのか」「どこへ行こうとするのか」「人間はどうやって進歩していくのか」というキリスト教の3つの基本的問答を植え付けられました。この教えはゴーギャンから離れることはなかったといわれています。

画家への転機クロワゾニズム

パリの株式取引店を35歳のときに辞めて画家に専念することを決意しました。素朴な暮らしを求めて妻子と別れてフランスからタヒチに渡りました。浮世絵の影響を受けながらゴーギャンは、平らな色面としっかりとした輪郭線を特徴とする画法クロワゾニズムへと向かっていきます。

ゴーギャンの家「快楽の家」

マルキーズ諸島にあるヒバ・オア島に2階建ての家を建て「メゾン・デュ・ジュイール」(快楽の家)という名前を付けました。島で14歳の少女を妻にしました。健康状態の悪いゴーギャンの世話をしながらも翌年には娘が生まれました。しかし、子供を産むために彼女は家族のいる隣村へ帰りゴーギャンのもとへは戻ってきませんでした。

ゴーギャンの代表作

画家でもあり、彫刻家、版画制作者、陶芸家、文筆家と多彩な才能を持つゴーギャンの作品から、代表作、おすすめの作品をご紹介します。

「ひまわりを描くゴッホ」1888年

アルルで一時期生活を共にしたゴッホ。お気に入りの「ひまわり」の絵を描いている彼を描こうと思いつきました。絵が仕上がるとゴッホは「これは確かに僕だ。でも、気が狂った僕だ」とゴーギャンに言いました。

カミソリを持って向かってくるゴッホ。その狂気と闘い苦しんでいるのを彼は知っていて、有名な「耳切り事件」のあとゴッホに2度と会っていません。ゴッホが傑作を量産した最後の2年はゴーギャンが彼を成長させたからだとゴーギャンは言っています。

「黄色いキリスト」1889年

ブルターニュで描かれました。ゴーギャンは新しい画法クロワゾニスムにチャレンジしました。太い線で人物の輪郭をはっきりと表すというものでした。「緑のキリスト」もあり象徴主義の代表作として名高い作品です。現在はオルブライト・ノックス美術館に所蔵されています。

「タヒチの女たち」1891年

ゴーギャンはタヒチで女性を題材とした作品を多く残しました。キャンパスいっぱいに描かれた砂浜にいる二人の女性。眼を伏せて物想いに耽っている女性と、紐のようなもので編み物をしている女性。南国ののどかな情景が伝わってきます。オルセー美術館に展示されています。

「黄色いキリストのある自画像」1893年

自分の描いた作品「黄色いキリスト」を背景に描かれた自画像です。処刑されるキリストを視ている自分を鏡を見ながら描いたため「黄色いキリスト」が左右反転しています。サンジェルマン・アンレー美術館に所蔵。

「我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか」1897~1898年

ボストン美術館に展示されているゴーギャンの最も有名な作品の一つです。3人の人物の人生の始まり、成年期、そして、死を迎えることを描いています。ゴーギャンのスプリチュアル(精神世界)を表現している作品といわれています。

「頭のかたちをした花瓶と日本の版画のある静物」1889年

浮世絵に夢中になっていたゴーギャン。背景に描かれてる浮世絵は歌舞伎役者を描いたものです。1976年の競売では140万USドルもの値がついたそうです。現在ではおよそ4500万ドルといわれています。テヘラン現代美術館に所蔵されています。

ゴーギャンに関連する作品

19世紀のフランスの画家ゴーギャンを題材とした作品をご紹介します。

「月と六ペンス」1892年

イギリスの作家サマセット・モームの代表作品。主人公の天才画家はゴーギャンをモデルとして書かれています。歴史的大ベストセラーとなった作品です。

サンセット・モーム(著)出版社:新潮社 378頁 2014/3/28 ¥680

映画「ゴーギャン タヒチ 楽園への旅」2017年

エドワード・ドゥリュック監督。フランスの映画です。19世紀後半に妻子を捨ててまで新天地を求めてタヒチ島へ旅立った画家ゴーギャンの楽園での暮らしを描いています。

波乱万丈の人生を送った天才画家の苦悩

ゴッホと過ごした2か月間。強い個性がぶつかり合い、二人の生活は破綻し精神的にも疲れ果てて悲劇が起こりました。ゴッホのもとを離れ、妻子からも離れて楽園へと渡ったゴーギャン。

タヒチでは若い妻をモデルにしてさくさんの作品を描きましたが、彼女にも逃げられてしまいます。求めた楽園でしたが、貧困と病苦で絶望の中、誰にも看取られずに亡くなった天才画家の部屋にはゴッホへのオマージュとして描かれたヒマワリの絵だけが飾られていたといわれています。

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