印象派の中心として活躍した画家「ルノワール」。彼の美しい代表作を解説

2019.08.21

ピエール=オーギュスト・ルノワール(1841年~1919年)は、フランスの画家で印象派の重要人物です。後期は古典芸術の伝統的な価値観に立ち戻り、作風が変わったことから、ポスト印象派の画家に数えられることもあります。輝くような美しい彼の代表作をご紹介します。

ルノワールについて

痩せ型で、写真からは神経質な印象を受けるルノワールですが、人格は円満で友人も多く、印象派の中でも中心人物と目されていました。ルノワールは印象派のボス的な存在でしたが、次第にグループから離れていき、自分の画法を探す旅に出ます。彼の生涯を覗いてみましょう。

少年時代~画塾時代

ルノワールは、労働者階級の両親の息子としてルモージュで生まれました。1845年ころに一家でパリに引っ越すと、職人の息子らしく13歳のころ磁器や陶器を造る工場に徒弟に出されることになります。

若いルノワールは手先がずば抜けて器用で、貴重な装飾家の一人となっていました。また美声の持ち主で、歌がとても上手だったともいわれており、画家として活躍する前からマルチな方面にその才能を発揮しています。

しかし、ルーヴル美術館で目にしたプーシェの「水浴のダイアナ(「水浴のディアナ」、「ディアナの水浴」とも)」に夢中になった彼は、小さいころから自分の真の生涯は絵画にあると決めていました。彼は画家となることを決意し、自らの貯金で美術学校に通い始めます。

しかし、その後の画家としてのキャリアは順風満帆とは言えませんでした。後に「印象派」と呼ばれるようになる彼の絵画は、従来の絵画のルールから逸脱しているとして、当時の画壇から評価を得ることができなかったのです。経済的に苦しい時期が続き、30歳を過ぎても父親や画家の友人からの援助を受けて生活していたといわれています。

印象派グループから距離を置く

それでも、彼の描くこれまでのアカデミーの常識から逸脱した絵画は、次第に同業者や批評家からの評価を得るようになりました。

広く画壇からの評価を受けることは依然なかったものの、画塾で知り合ったモネやセザンヌ、バジール、ドガらとともに独自の展覧会(「印象派展」と呼ばれます)を開催するなど、次第にルノワールを中心とした一派は存在感を強めていきました。そして彼らはのちに「印象派」と呼ばれ、一大芸術運動へと発展していくことになります。

そんな印象派グループの中心的存在として精力的に活動したルノワールでしたが、次第にグループの意見は衝突し、分裂していってしまいます。第4~6回までの印象派展にルノワールは出品せず、代わりにサロンへの出品が増えていきます。

印象派グループとしての結束は緩んだものの、このころになるとルノワールの作品はサロンでも高評価を受け、パトロンを抱えることになります。こうした経済的な安定を背景に、ルノワールは更に絵画の勉強をするためにイタリアとアルジェリアに旅に出ます。私生活も円満で、この旅行で結婚し3人の子供の父親となります。

新古典主義へ

イタリア旅行の際、ラファエロの作品に出会った事をきっかけに、ルノワールはそれまでの色彩重視からデッサンへと重点を置くようになりました。その影響が見て取れるのが「大水浴図」で、それまでの印象派らしいタッチは残しつつ、鮮明な輪郭や開放的な色使いなど、明らかに初期のルノワールの作風とは異なっていることがわかります。

さらに晩年になると、温かみのある色彩で描かれた「ピアノによりそう二人の少女」といった画風に変化しています。彼が「ポスト印象主義」と呼ばれることもあるのは、主にこの頃の作風が理由です。

ルノワールの代表作

彼の作品数は4,000点以上もあるといわれています。美しいものを追及したルノワールの数ある作品の中から代表作、おすすめの作品をご紹介します。

それぞれの解説下のリンクから、実際の作品をご覧いただけます。

「春の花束」1866年

ルノワール最初期の作品です。左下へと花がこぼれたアシンメトリ(左右非対称)の構図になっており、当時のシンメトリ(左右対称)の構図を偏重するフランス美術界の中で、すでにある種の「印象派らしさ」が現れています。

豪華絢爛に咲き誇る花を引き立たせるような濃い陰影が、より一層美しい構図を引き立てています。色彩も美しく、銀色がかった青の色調が黒のアクセントによって引き立てられ、黄色の可愛らしい花がアクセントになって美しく生き生きとした作品に仕上がっています。現在ではアメリカのハーバード大学に併設されるフォッグ美術館に所蔵されています。

春の花束(ルノワール)|フォッグ美術館

「桟敷席」1874年

女性の美しさに対する賛歌のような作品です。髪やコルサージュに付けた花と女性の美しさが際立ち、まるでブーケのようです。

その美しさを引き立てるのが、鮮烈な黒の使い方。ルノワールは「黒は色彩の女王」といい、特に黒を好んだといわれます。ちなみに女性はモデルのニニ・ロペズといわれています。現在ではロンドン コートールド・インスティテュート・ギャラリーに所蔵されています。

桟敷席|ロンドン コートールド・インスティテュート・ギャラリー

「ムーラン・ド・ラ・ギャレットの舞踏会」1876年

パリのモンマルトルのダンスホールで、輝くように美しい女性たちと伊達男たちで賑わっている様子が伝わってきます。ルノワールの絵の中で一番大きく、同時に最も野心的な作品の一つといわれています。

見ているだけで生き生きとした熱気を感じるようなリアリティがあり、ルノワールを代表する大作だといえるでしょう。現在ではパリ オルセー美術館に所蔵されています。

ムーラン・ド・ラ・ギャレットの舞踏会|オルセー美術館

「イレーヌ・カーン・ダンヴェール嬢の肖像」1880年

印象派の作品の中で最も美しい肖像画といわれています。思わずはっとするほどの美しい少女の肖像画は、パリのユダヤ人銀行家の自宅の庭で描かれたものです。モデルのイレーヌは8歳の少女でした。

ナチスに没収されベルリンに保管されていましたが、大戦後にイレーヌに返還され、その後競売されて武器商人のコレクションとなりました。現在ではチューリッヒ ビュールレ・コレクションに所蔵されています。

イレーヌ・カーン・ダンヴェール嬢の肖像|ビュールレ・コレクション

「大水浴図」1884年~1887年

イタリアに旅行する以前、印象主義の技法に限界を感じるようになっていたといわれるルノワール。イタリア旅行から戻って後は、重量感や実体感の感じられる伝統的な作品を描こうと考え、3年間にわたる制作で彼の集大成ともいえる本作品を完成させました。

先ほども簡単に触れた通り、女性たちの鮮明な輪郭や開放的な色使い、透き通るような透明感は、まさにラファエロなどイタリア・ルネサンスの影響が感じられる出来栄えになっています。現在ではフィラデルフィア美術館に所蔵されています。

大水浴図|オルセー美術館

「ピアノによりそう二人の少女」1892年

この作品から19世紀末のフランスの家庭の様子が伝わってきます。角ばったものが取り除かれ、繊細なパステル調の美しい色で描かれた少女たち。ピアノの楽譜を読んでいる少女たちの快活で美しい表情は、ルノワールの描く人物たちの特徴でアもある柔らかい温かみにあふれています。現在では、パリ オルセー美術館に所蔵されています。

ピアノによりそう二人の少女|オルセー美術館

ルノワールに関する映画

 

モネと並ぶ印象派の画家で日本でも人気があるルノワールですが、そんな彼に関する映画がありますのでご紹介します。

「ルノワール 陽だまりの裸婦」2012年

ジル・ブルドスが監督のフランス映画です。カンヌ映画祭に上映され、アカデミー賞の外国語映画賞に選出されました。ルノワールのひ孫であるジャック・ルノワールの原作をもとに描かれています。

ルノワールは愛妻を亡くし失意の中にいました。ある日、亡くなったルノワール夫人にモデルを頼まれたと若く美しい女性がアトリエを訪ねます。ルノワールは病から絵を描く事が難しい状態でしたが、美しいモデルが現れて創作意欲が沸いて彼女をモデルに作品の制作に打ち込みます。

ルノワールの生涯が垣間見える良作となっていますので、気になった方はぜひご覧になってください。

美しいものを描き続けた画家

 

ルノワールの絵を見ると、何よりもまずその美しさに驚かされます。微笑む子どもたち、ふっくらとした若い女性、透明で輝くような肌の女性。彼は温かみのある官能的な絵を描き続けました。

晩年は関節炎(リウマチ)に悩まされ、筆をとることができなかったにもかかわらず、腕に筆をくくり付けることで描き続けたという逸話が残っています。美しい彼の作品からは彼の温かい人柄が伝わってくるようです。ぜひその感動を、実際の彼の作品に触れて堪能してみてくださいね。

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