ノーベル賞に最も近かった作家『安部公房』。作風や奇妙な代表作を紹介

2019.08.20

安部公房(あべ こうぼう 1924年~1993年)は日本の小説家です。モダンで知的かつ前衛的な世界観をもつ作品群が海外でも人気を高め、世界30数か国で翻訳出版されており、ノーベル賞に最も近い日本人作家とも呼ばれていました。そんな安部公房の代表作をご紹介します。

安部公房について

安部公房(あべ こうぼう)は、その先鋭的で独特な世界観をもつ作品の数々で、日本のみならず世界で人気を集めた作家です。その著作は世界中の文学者に衝撃を与え、かつては「ノーベル文学賞に最も近い日本人作家」といわれてたびたび候補として名前が挙がっていました。

しかし、1993年に68歳で急死してしまったために、惜しくもノーベル賞を取り逃したといわれています。

そんな安部公房の創造的雰囲気に満ち溢れた不思議な世界観は、どのようにして培われたのでしょうか?彼の生涯を覗いてみましょう。

幼少期を満州で過ごす

安部公房は医師である父親のもと東京に生まれ、幼少期を当時日本領であった満州で過ごしました。ちなみに本名は漢字は同じで「安部公房(あべ きみふさ)」と読みます。

幼い時はエドガー・アラン・ポーに感銘を受けるなど幼少期から文学に親しみ、日本に帰国してから進学した旧制高校時代にはハイデガーなどの実存主義に傾倒します。その一方で数学も大変得意だったようで、周囲からは神童と目されていたといいます。

高校卒業後、卓越した頭脳を生かし、当時の東京帝国大学医学部に入学します。大学時代は第二次世界大戦真っただ中で、彼自身もその荒波にもまれました。戦時中に家族を気遣って訪れていた満州からは戦後しばらく帰国できず、また父親をチフスで失うなど混乱の時代を生きることになります。

作家デビュー、芥川賞を受賞

医学の勉強をする過程で、彼自身の科学的で論理的な思考能力に磨きがかかり、人間を生物学的にみる独自の視点を確立させていきました。奇妙で突拍子もない世界観でありながら、どこか冷徹なリアリティを感じさせる彼の作風は、こうした医学の基盤が影響しているのかもしれません。

1946年に帰国した安部公房は、1948年に東京大学医学部を卒業すると、文筆家としてのキャリアを本格的にスタートさせます。しかし当初は商業的な成功とは程遠く、非常に苦しい経済状況でした。

しかし彼のシュールレアリスムを基調にした作品は、やがて文学界の目に留まることになります。彼の出世作となったのが、1951年に発表された短編『壁-S・カルマ氏の犯罪』で、安部公房はこの作品で芥川賞を受賞します。

その後は、劇作家、前衛舞台芸術の演出家、長編小説家など幅広い表現活動に従事したのち、ノーベル文学賞の受賞目前といわれながら、1993年にその生涯を閉じました。

多くの趣味を持つ

安部公房は多趣味であり、かつ当時としては非常に先進的なものを好んだというエピソードでも知られています。

アウトドアスポーツが好きで、家族を連れてドライブやモーターボートなどを楽しみました。カメラマニア・カーマニアとしても知られており、ほかにも当時の小説家としては異例の「ワープロ」を使って執筆活動を行ったなど、その先進的で多方面にわたる趣味は驚くほどです。

ちなみに音楽は、プログレッシブ・ロックの旗手として知られるピンク・フロイドのファンだったそう。シュールで先鋭的な安部公房の世界観にぴったりですね。ほかにも、当時日本でおそらく唯一個人的にシンセサイザーを所有していた人物でもあったなど、著作のほかにも面白いエピソードには事欠きません。

安部公房の代表作

そんな時代を先取る鋭い感性を持っていた彼の著作は、どのようなものだったのでしょうか?彼の代表作をご紹介します。

「壁ーS・カルマ氏の犯罪」1951年

安部公房の出世作となった短編です。ある朝目覚めると、自分の名前を失っていた男の話です。「S・カルマ」という彼の名前(らしい)ものだけが、自分から分離したものとして独り歩きしてしまう…というのがおおよそのあらすじなのですが、その物語の展開はシュールそのもので、到底整合的に語るのが難しい奇妙な作品となっています。

物語の続きはぜひ、あなた自身の目で確かめ、自分なりの解釈を加えてみてください。

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「第四間氷河期」1959年

安部公房の作品は、諷刺やSF、推理小説、心理学などの要素が融合されています。その典型的な作品が「第四間氷河期」です。

急上昇した地球の温度によって極地の氷が融け、陸地が大洪水になる未来。これに対応できるように、人間も哺乳類も水棲動物に変える実験が登場します。そのアイデアは政治に対する風刺でもあるといわれています。

「砂の女」1962年

街の暮らしに飽きて、田舎へ昆虫採集をしに来た男の物語です。珍しい昆虫を追って海岸の砂丘に迷いこんだ男は、ある集落にたどりつきます。そこの村人は、一人の未亡人が住むアリ地獄のような砂で埋もれた家へと男を案内します。

しかしそれは実は罠だったのです。周囲を砂で囲まれた家からはどうあがいても抜け出すことができず、男は毎日砂を掻き出すための労働者として囚われたのでした。

「砂」のもつ圧倒的な流動性の前になすすべもない男は、なんとかしてこのアリ地獄から抜け出そうとするのですが…というのがあらすじになります。

この作品は20数か国語に翻訳され、日本国内だけではなく海外でも注目されました。フランスでは最優秀外国文学賞を受賞しているなど、安部公房が世界的に有名な作家となった作品です。安部公房の作品の中では、物語が一貫していて非常に読みやすく、ぜひおすすめしたい作品です。

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「他人の顔」1964年

安部公房の作品は、適当にページを飛ばして読むようなタイプの小説ではなく、読書に集中して考え、著者の思考の展開になんとかしてついていく、というタイプの小説といえます。そんな難解な安部公房の著作の中でも、「他人の顔」は特に多様な示唆を含み、同時に最も重要な作品の一つだといわれています。

顔に大火傷を負った主人公が、仮面を作って他人の顔になり、他人のふりをして生きていくという物語です。その中で、彼は「他人」の顔で自分の妻を誘惑するのですが、仮面をかぶった自分=「他人」と内通する妻に激しく嫉妬し、そのやるせない状況に苦しみます。

自己と他者の関係性、社会における「顔=ペルソナ」のもつ意味など、様々な哲学的要素を多分に含む複雑な小説です。ちなみに三島由紀夫はこの作品を「砂の女以上に重要な作品だ」と述べているそうです。

「箱男」1973年

日本のシュールレアリスムの巨匠ともいわれる安部公房の作品は、難解で奇抜といわれますが、その中でも「箱男」の構想は最も難解で奇抜なものといえるかもしれません。

「箱男」は、段ボールの箱を腰までかぶり、箱の中から世界を覗き見、箱の中でのみ生活を送るという奇妙な存在です。この世の中にかなりの数実在し、それでいて社会的には「いないもの」とされ、名前ももたず、社会とのかかわりを失っています。そんな箱男をめぐる小説ですが、そこに書かれている内容は非常に奇妙で理解しがたいものです。

記述の形式も実験的です。基本的には一人の「箱男」の手記という形式ですが、その中でランダムに挿入される別の人間の手記や新聞記事、語り部による口述などは、この小説がひとつのまとまった物語として解釈されることをあえて拒否しているような印象を受けます。

安部公房の作品に共通して言えるのは、彼の小説が目指すところは、万人に共通する「わかりやすい解釈」では到底語られ得ない、ということでしょう。「箱男」は、そんな安部公房の作品のなかでも特に奇怪で非連続的な作品といえます。ぜひ読んでみてください。

映画化された作品

安部公房の原作を映像化した作品をご紹介します。「砂の女」では、カンヌ国際映画祭で審査員特別賞を受賞しました。

「砂の女」1964年

国際的に大きな反響があった作品「砂の女」。監督は勅使河原宏(てしがわらひろし)が、脚本は安部公房本人が、そして音楽は武満徹が担当しました。主演は岡田英次、岸田で東宝より映画化され大成功を収めました。安部公房ならではの斬新な物語と武満徹の不気味な音楽が相まって、観る人を恐怖に誘います。

「他人の顔」1966年

勅使河原宏が監督、安部公房が脚本、武満徹が音楽を担当。前作と同じ3人がタッグを組み素晴しい作品になっています。

顔を大火傷してしまった主人公は、精神科医を尋ね他人の仮面を作ってもらいます。他人の顔で街に出て試します。秘書は気が付かなかっので、他人のふりをして彼の妻を誘惑する。しかし、妻は騙されたふりをして気が付いていました。彼はそんな妻を激しく非難し、精神科医を刺し殺してしまいます。

安部公房の不思議な世界観

ベッドの中で目覚めると巨大な毒虫になっていたというのは、フランツ・カフカの有名な「変身」の冒頭ですが、安部公房はカフカに強い影響を受けたといわれています。

「壁ーS・カルマ氏の犯罪」では、主人公は最終的に壁になります。「棒になった男」では、屋上から落下する途中で棒に変身します。また「水中都市・デンドロカカリヤ」では、いきなり魚に変身します。安部公房にはこうしたいわゆる「不条理文学」的な側面もあります。

常識を超えたあり得ない世界観、そしてだからこそ無限に広がる解釈が、安部公房の魅力です。是非、この機会に現代日本文学の代表的な作家のひとりである安部公房の作品を手に取ってみてください。

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