農民の姿をありのままに描く画家『ミレー』。代表作や生涯をご紹介

2019.08.20

19世紀のフランスの画家ジャン=フランソワ=ミレー(1814年~1875年)は、農村地域で働く人々の絵を描いた画家として知られています。有名な「落穂拾い」から哀愁を感じるのは何故なのか、またそれ以外にどんな作品があるのかなどをご紹介します。

ミレーについて

19世紀当時、自然主義の高まりの中で、フランスのバルビゾン村周辺に多くの芸術家たちが移住し、大自然の風景画やあるがままの農村画を描くというある種の芸術運動がおこりました。

そんな『バルビゾン派』の中心人物として功績を遺したミレーは、農民の姿をいきいきと描いた画家として有名です。彼の生涯を追ってみましょう。

少年時代~修業時代

ミレーは、ノルマンディー地方の家柄の良い農家の長男として生まれました。農家の後継ぎになるべく家の農作業を手伝っていましたが、農業のかたわら写生を行うなど、幼いころから才能を発揮しました。

ミレーに絵の才能があると認めた両親は、ミレーを画塾に連れていき、彼の画家としてのキャリアが始まりました。

肖像画家として活躍

将来を期待されたミレーでしたが、パリの都会的で不健康な生活になじめず、かつて彼が修行した画塾のあるシェルブールに出戻りすることになります。

そこで肖像画家としてのキャリアをスタートさせ、商業画家としてある程度の成功と名声をおさめますが、それも長くは続きませんでした。特に、再起をかけてパリに戻ったのちは大成功とはいえず、最初の妻を結核で失ってしまうという悲劇も味わいました。

再びシェルブールに戻ったミレーは、2人目の妻と再婚します。彼女は貧農の出身で家柄は決して良くはありませんでしたが、貧しさに耐え献身的にミレーを支えました。三度パリに赴き、裸婦像などを描きながら収入を得ていたミレーは、やがて後の彼の名声を決定づけることになる風景画や農村画を自分の本懐と定めます。

成功を収める

農民画家としての活動を開始したミレーは、1848年に「箕をふるう人」をサロン(※フランス王立絵画彫刻アカデミーがパリで開催していた、美術展覧会。当時の画家はこの展覧会に作品を出品するのがキャリア形成の一つの道だった)に発表します。

するとこれが批評家の評判を呼び、内務大臣が500フランの高値でこの作品を買いあげました。サロンでの成功により政府から絵画の制作が依頼されるようになり、ミレーは画家として初めて大成功を収めることとなったのです。

以降はパリを離れてバルビゾン村に移り住み、農民の姿を生き生きと描く画家として数々の名作を発表しました。そうして1874年、バルビゾン派の中心人物らしく、バルビゾン村にてその生涯を閉じました。

ミレーの代表作

商業画家として実に多くの絵を描き遺したミレー。数ある作品の中から、特に有名な彼の代表作をご紹介します。

「種まく人」1850年

バルビゾンに引っ越した翌年に描かれた作品です。エネルギッシュに種をまく農民の姿が描かれています。

サロンで野暮ったいと批判を受けたほか、当時政治的に農民と貴族との対立が深まっていた状況から「農民を擁護している」とする批判も出ましたが、独特の構図と躍動感、絵の具を厚く塗りダイナミックな印象を与える当時としては革新的な手法などは後世に影響を与えました。

ちなみに、「種まく人」というモチーフは、新約聖書のマタイ福音書の第13章に出てくるたとえ話から来ていると解釈されることもあり、一種の隠喩としての宗教画と考えることもできます。現在ではボストン美術館に所蔵されています。

「落穂拾い」1857年

誰でも一度は観たことがあるであろう、ミレーの代表作です。地主の畑で作業を手伝う貧しい農民。彼らの取り分は、取れた量のうちたった10%ほどの、残された落穂をみじめに拾うことでしか得ることができませんでした。

貧しい人々の姿をありのままに描いたこの作品は、政治的なスキャンダルを巻き起こしました。現在では、パリ・オルセー美術館が所蔵しています。

「晩鐘(ばんしょう)」1857年~1859年

夕暮れに平原にアンジェラスの鐘が鳴り響く合図で、黄金色に輝く夕陽の中で農民夫婦が手を休めて祈りを捧げている様子が美しく描かれています。アンジェラスとはエンジェル、天使という意味のラテン語です。現在ではパリ・オルセー美術館に所蔵されています。

「羊飼いの少女」1864年

あたりは薄暗くなっている大地に、羊の群れと少女がポツンと立っています。よく観ると少女は熱心に編み物をしています。羊の群れを誘導しているのは黒い一匹の犬。「落穂拾い」「晩鐘」に並ぶミレーの代表作であり傑作です。柔らかな色彩に包まれて、牧歌的な雰囲気が漂っています。現在ではパリ・オルセー美術館に所蔵されています。

「眠れるお針子」1844年~1845年

お裁縫の途中で睡魔に襲われた可愛らしい女の子を描いた作品です。モデルとなっているのはミレーの2人目の妻カトリーヌ。スカートの縦じまに美しい青色、頭にかぶっている赤色が全体の柔らかい色調の中で際立っています。

カトリーヌは貧農出身の家政婦でした。ミレーは最初の妻を亡くしてから落胆し、暫くしてからカトリーヌを恋人としますが、貧しい農夫の娘ということで、祖母や母に猛烈に反対され、正式に結婚するまで時間を要したといわれています。激しいロマンスを経て結婚しただけに、妻に対する大きな愛を感じる作品です。現在では日本の山梨県立美術館に所蔵されています。

ミレーに影響を受けた画家

ミレーは多くの画家に影響を与えたといわれています。特に印象派と呼ばれる一派に対する影響は大きく、ルノワール、モネ、バジール、シスレーなどがその代表格として挙げられます。中でもモネはミレーを尊敬していましたが、気難しい性分のミレーに話しかけるチャンスがなかったといわれています。

フィセント・ファン・ゴッホ

ゴッホはミレーをとても尊敬していて、ミレーの作品「種まく人」(1888年)を模写しました。ゴッホの「種まく人」は、ハッとさせられるほど明るく輝いた黄色で、ミレーの作品とはイメージがまるで違うことに驚かされます。

ジュール・バスティアン=ルパージュ

あまり知られていませんが、ルパージュもミレーに影響を受け農民が働く姿をありのままに描きました。「干し草作り」(1877年)は、農民の顔がはっきりと描かれ感情まで伝わってくるようです。

名作「落穂拾い」に漂う哀愁の意味

ミレーというと咄嗟に思い浮かべるのは「落穂拾い」だと思います。誰でも観たことがある有名な絵ですが、牧歌的な風景画だと思っている方も多いのではないでしょうか。

実は貧しい農民の姿をありのままに描いたことが当時はスキャンダルになったのです。落穂拾いという仕事は最も貧しい農民の仕事であり、それをミレーは強く主張して描いたとされました。「落穂拾い」から漂う哀愁は、今も心を動かされるミレーの傑作です。

その他のテーマ

ART

CULTURE

CRAFT

FOOD

TIME