歌舞伎では時折『宙乗り』が話題に出ます。舞台から飛び出し、観客の頭上を飛び回る演出は、知らない人も多いのではないでしょうか。ここでは、歌舞伎の宙乗りの始まりから、宙乗りを見ることが出来る演目、実際の動画までをまとめました。
歌舞伎の宙乗りとは
歌舞伎の宙乗りは、歌舞伎俳優が舞台や客席の上をワイヤーで吊り上げられ、空中移動する演出です。
舞台のスッポンのあたりから浮き上がり、花道の上を通って3階席の鳥屋(とや)まで空中を移動したり、舞台を下手から上手に移動したりします。
俗に『ふわふわ』『ふあふあ』と呼ばれるこの宙乗りは、その迫力と、歌舞伎俳優を近くで見られるその特徴から、非常に人気のある演出となっています。
非現実的な役で使われる
宙乗りは、亡霊や妖術使い、妖怪、狐といった動物の化身など、人間以外の役でよく使われる演出です。普通の人間には出来ない『宙に浮く』という動きで非現実感を強調し、その役の神通力などを表現しています。
宙乗りから生まれた言葉もあり
宙乗りから生まれた言葉に、『外連味(けれんみ)』があります。
外連味は『世間の一般人に受ける、喜ばれることを狙ったもの』『芸の本道を外れた、奇抜な演出』という意味合いを持っています。歌舞伎の宙乗りのように、奇抜で派手な演出を指して使われる言葉だったようです。
一方で、こうした離れ業を舞台上で使用することは「正攻法を外れた、邪道な演出」といった批判を受けたこともありました。そのため、『はったりやごまかし』という意味でも使われます。
宙乗りはいつから始まった?
舞台の上を大迫力で飛び回る宙乗りですが、この大がかりな演出はいつ頃から始まったのでしょうか。
驚くなかれ、なんと宙乗りは江戸時代から行われていました。最初に始めたのは初代市川團十郎で、1700年(元禄13年)に『大日本鉄界仙人』の曾我五郎役を演じる際、宙乗りが行われたという記録が残っています。その後も長い年月をかけてこの演出は継承され、幕末期には4代目・市川小團次が得意とし、人気を博していました。
しかし、明治以降になると、それまで大衆演劇として親しまれてきた歌舞伎を芸術として洗練させようという運動が起こりました。宙乗りをはじめとする奇抜な演出は『外連(けれん)』と呼ばれ、高尚な演劇にそぐわないものとして敬遠されるようになりました。
しかし、3代目・市川猿之助(現2代目・市川猿翁)が、この『外連(けれん)』を復活させた演目をつぎつぎ演じるようになると、宙乗りは再び歌舞伎の表舞台へと姿を見せるようになります。彼の功績もあり、現代では多くの舞台で宙乗りが演じられるようになっています。
昔は危険な演出であり事故もあった
現代は丈夫なワイヤーと鉄製の器具を使用するなど改良され、安全性に配慮された演出となっていますが、江戸時代ごろには縄を使って歌舞伎俳優の身体を吊るというかなり危険な演出でした。
実際、文久2年には、幕末の大人気女形だった3代目・澤村田之助が宙乗りで大事故に遭っています。宙乗りの最中に落下してしまったのですが、彼はその時の傷が原因で手足が壊死し、四肢を切断するまでに至りました。
彼はそれでも、義足で舞台に出て評判を得たといいます。当時、宙乗りに挑むというのは、まさに命がけの演出だったのです。
宙乗りがある演目
宙乗りがあるのは、妖怪や狐、神様などの人ならざる者が役柄としてある演目です。神通力の表現として宙乗りが演じられます。ここでは宙乗りがある代表的な2つの演目をご紹介します。どちらも神通力を持つ狐が役どころとして出てきます。
義経千本桜、源九郎狐の宙乗り
義経千本桜は、歌舞伎の名作の演目として非常に人気があります。宙乗りがあるのは第3部です。源九郎狐という役が宙乗りをするシーンがあります。
都を追われた義経を追って、静御前は家来である佐藤忠信とともに吉野に向かいます。佐藤忠信は時々姿をくらますのですが、後白河法皇から授かった『初音の鼓』を打つと、どこからともなく現れます。
実は、佐藤忠信は鼓の皮に使われた狐の子供なのです。義経千本桜の『川連法眼館(かわつらほうげんやかた)の場』では、源九郎狐が親狐の鼓を受け取り、喜んで去っていく、というシーンで宙乗りが演じられます。
駄右衛門花御所異聞、白狐の宙乗り
実際に江戸時代に存在した大泥棒の濱島庄兵衛をモデルにした、日本駄右衛門が主人公の演目です。将軍家を滅ぼして天下を乗っ取ろうと考え、大名である月本家に伝わる秋葉大権現の三尺棒を盗みます。
この秋葉大権現は月本家の守り神であり、それに使える使者として白狐が登場。演目のクライマックス、秋葉大権現と白狐が宙乗りを披露します。
2017年7月3日には、『七月大歌舞伎』にて、11代目・市川海老蔵さんとその息子の勸玄くんがそれぞれ秋葉大権現と白狐を演じ、親子そろっての宙乗りを演じました。
勸玄くんは4歳という、史上最年少での宙乗りを成功させたことで、メディアでも大きな話題となりました。
宙乗りがよく見える席は
せっかく歌舞伎を見に行って、しかも宙乗りがある演目となれば、ぜひよく見える席を選びたいものです。
通常の歌舞伎の演目であれば、前方真ん中の席『とちり席』や、お茶やお弁当が出される贅沢なステータス席『桟敷席』がありますが、ここでは宙乗りが良く見えるという視点で、おすすめの席をご紹介します。
おすすめは3階席
宙乗りがある演目の時は、3階席がおすすめです。なぜなら、宙乗りのワイヤーは、花道のあたりから3階席奥、鳥屋(とや)まで通っているからです。
花道に近い3階席にいると、歌舞伎役者が前から近づいてきて、頭上を通っていくのが見られて大迫力です。
本当の芝居好き、通の観客が集まるのもこの3階席でしょう。『大向こう』と呼ばれる観客が、演目の盛り上がる絶妙のタイミングで「〇〇屋!」と声を上げます。
宙乗りで盛り上がったところでも掛け声が聞かれるので、これぞ歌舞伎という雰囲気を感じることが出来るでしょう。
2階席も舞台全体を見渡せる
2階席は、目の高さからちょうど良い具合で舞台を見渡せる席です。舞台全体を見渡せるので、宙乗りが始まっても役者を目でしっかり追うことが出来るバランスのよい席だと言えます。
ちなみに、2階席最前列の真ん中は天皇陛下が観賞する際に使われる席ですので、見やすさは保証つきです。
宙乗りを動画で観賞
歌舞伎の宙乗りを実際に見たことがない、という人もいるでしょう。宙乗りの迫力を感じるには、実際に舞台で見るのが一番ですが、まずは宙乗りがどんなものか、雰囲気を知るためにいくつか映像でご紹介します。
シネマ歌舞伎、ヤマトタケル
シネマ歌舞伎は、歌舞伎の舞台を映画館で上映するシリーズです。2代目・市川猿翁、4代目・市川猿之助、9代目・市川中車、5代目・市川團子が出演する演目『ヤマトタケル』に、宙乗りを演じるシーンがあります。
東海道中膝栗毛やじきた宙乗りメイキング篇
こちらもシネマ歌舞伎の映像です。市川染五郎さんと市川猿之助さんで、東海道中膝栗毛の弥次、喜多のコンビを演じます。
お伊勢参りに向かう途中、盗賊の一味の闇金に襲われたり、ラスベガスにたどり着いてしまうなど、時代に合わせた流行や風刺を取り入れた珍道中です。宙乗りはもちろん、本水の立廻りなどの演出も見ることが出来ます。
【6/3公開】シネマ歌舞伎『東海道中膝栗毛〈やじきた〉』宙乗りメイキング篇ー Youtube
スーパー歌舞伎2 ワンピース 予告
4代目・市川猿之助が、『スーパー歌舞伎2』と、国民的人気漫画『ONE PIECE』を組み合わせて生み出したのが『スーパー歌舞伎2 ワンピース』です。発表時にかなりの話題になったため、耳にしたことがある人もいるのではないでしょうか。
歌舞伎の要素を絶妙に取り入れたキャラクターたちが、大量の水を使った大立廻りや、最新のプロジェクションマッピング、そして大迫力の宙乗りを演じます。
迫力ある空中の演技を楽しもう
宙乗りの魅力は、歌舞伎役者が舞台を乗り越えて、観客席の頭上を飛び回る、その迫力です。それぞれの役柄や動作を、より魅力的に観客に伝えるために、非常に効果的な演技です。
歌舞伎の宙乗りに興味が出てきたという人は、一度劇場に足を運んでみれば、その迫力と魅力に圧倒されることでしょう。