操縦士でもあった作家「サン=テグジュペリ」。悲劇の生涯と代表作を紹介

2019.08.13

小説「星の王子さま」の著者として知られるサン=テグジュペリ。飛行機の操縦士である自身の経験を基にした一連の作品は世界中で高く評価されましたが、その生涯をみると、小説家よりも操縦士の一面の方が強いようです。この記事ではそんなサン=テグジュペリをご紹介します。

サン=テグジュペリとは

サン=テグジュペリ(1900年6月29日 – 1944年7月31日、正式にはアントワーヌ・マリー・ジャン=バティスト・ロジェ・ド・サン=テグジュペリ)は、フランスの作家です。

1926年(26歳)に、作家として本格的にデビューし、自身の操縦士としての体験に基づいた作品を発表しています。

実は操縦士だったサン=テグジュペリ

操縦士としての体験を書いて一躍有名になったサン=テグジュペリ。

実は若い頃にフランスの陸軍飛行連隊に志願し、操縦士として任務をこなしていました。

退役後、一時期は自動車販売員などをして生計を立てていましたが、その後に民間航空会社に就職しています。

さらに、作家として注目されるようになってからも、操縦士としての人生を捨てておらず、1935年には、フランス-ベトナム間の最短時間飛行記録に挑戦しています。

結果は機体トラブルでサハラ砂漠に不時着となりましたが、この経験がもととなって、代表作「星の王子さま」が誕生しました。

サン=テグジュペリの晩年

1939年には、第二次世界大戦のために、フランスのトゥールーズで飛行教官を務めています。

1940年にはアメリカへと亡命しますが、亡命後も、自由フランス空軍(自由フランス軍の航空部隊)へ志願し、操縦士として活躍しました。

しかし、1944年7月31日、写真偵察のためボルゴ飛行場から単機で出撃後、地中海上空で消息不明となっています。(後に地中海上空で撃墜されたことが確認されました)

代表作その1、人間の土地

操縦士として活躍する傍ら、サン=テグジュペリは執筆活動も怠りませんでした。

作家としての活動期間はわずか20年足らずですが、その間にベストセラー「人間の土地」を発表しています。

「人間の土地」では15年間にもおよぶサン=テグジュペリの操縦士としての経験や、僚友との友情、人間らしい生き方などが語られています。

この作品は一般読者はもちろんのこと、世界中の操縦士にも大きな影響を与え、後に敵となるドイツ空軍のなかには、「サン=テグジュペリが所属する部隊とは戦いたくない」と語った兵士もいたそうです。

代表作その2、星の王子さま

サン=テグジュペリにはもう一つ代表作があります。

それが「星の王子さま」です。

この物語は、主人公である操縦士がサハラ砂漠に不時着し、そこで1人の少年と出会ったことから始まります。

この少年と話すうちに、ある小惑星からやってきた王子であることを知る…というのがあらすじです。

「星の王子さま」自体はフィクション小説なのですが、自身がサハラ砂漠に不時した経験に基づいて書かれており、ところどころにノンフィクション小説のような詳しい記述がみられます。

そのおかげもあって、「星の王子さま」は、総販売部数1億5千万冊を超えるロングベストセラーとなっています。

また、映画「星の王子さま」 (1974年)や劇場アニメ「リトルプリンス 星の王子さまと私」(2015年)、アニメ「星の王子さま プチ・プランス」などの派生作品も登場しています。

飛行機を愛したサン=テグジュペリ

その著書によって世界中の操縦士の心を掴んだサン=テグジュペリ。

自身も操縦士として活躍していましたが、任務中に撃墜され、若くして亡くなっています。

撃墜した側の操縦士は「彼だと知っていたら撃たなかった」と後に語っていますが、才能あふれる作家だっただけに、その死が残念でなりません。

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