シュルレアリスムの鬼才『サルバトール・ダリ』。奇人といわれた彼の素顔とは

2019.08.09

サルバドール・ダリ(1904年~1989年)は、スペインの画家。シュルレアリスム(超現実主義)を代表する画家として有名です。天才であり奇人な彼には数々の奇行や逸話があることで知られています。そんなダリのエピソードや代表作をご紹介します。

ダリについて

ダリという名前を聞くと、驚いたように大きく目を見開いて、ピンと上にはねた個性的なカイゼル髭が特徴的な「あの」写真が思い浮かぶ人も多いでしょう。

見るからに「奇人」という印象の写真ですが、そんな彼はいったいどんな人物だったのでしょうか?同時代の画家であるピカソをはじめ、多くの画家から疎まれていたといわれる、彼の生涯を紐解いていきましょう。

裕福な家庭で育ち少年時代から絵を描く

サルバトール・ダリは、スペインのカタルーニャ地方で生まれました。家庭はかなり裕福だったようで、幼いころから芸術に慣れ親しみ、ピカソの友人である画家から絵画の手ほどきを受けたりもしていました。

18歳になると、同じくスペイン・マドリードにある美術学校に入学し、めきめきと才能を発揮していきます。23歳のときにはパリに行き、ピカソにくわえツァラやエリュアール、ブルトンなどといった後の芸術の世界を牽引する若き芸術家や文筆家たちと交流を持ちました。

そして1929年ごろから、ダリは本格的にシュルレアリスムの道に進み始めることになります。

偏執狂的批判方法を確立する

奇抜な言動で知られるダリは、自身の表現技法を「偏執狂的ー批判的方法」と表現していました。独特過ぎる表現ですが、これは「二重影像(ダブルイメージ)」などとも言われています。

この技法は、あるモチーフと別のモチーフを重ね合わせることで、現実と妄想のはざまのような奇妙な世界観を造り上げるというものです。たとえば有名な『記憶の固執』の絵画では、テーブルの上にある「時計」と「カマンベールチーズ」を重ね合わせ、どろどろに溶けている時計のモチーフを描いています。

絵画自体は極めて写実的な画法を用いているにも関わらず、そこに表現されるシュールな光景は、まさに「リアルと妄想の融合」のような印象を受けます。

ちなみに彼自身は、数ある画家の中でもフェルメールを高く評価していたことで知られています。作風にはあまり共通点がないだけに、少し意外な感じがしますね。

愛妻ガラを亡くして

自由奔放で奇抜なエピソードには事欠かないダリでしたが、芸術家にありがちな女性関係の放埓は少なかったようです。ダリは大変な愛妻家として有名であり、10歳年上の妻・ガラをとても愛していました。

ダリが78歳のとき、ガラが亡くなってしまいます。するとダリは、「人生の舵を失った」といい、激しく落胆してしまいます。引きこもりのような生活を続け、生涯を通じて続けてきた絵画制作にさえ取り組むことをやめてしまいました。

そうして失意の中、ガラが亡くなった7年後の1989年、85歳で亡くなりました。

ダリの代表作

自由奔放で斬新な発想がダリの特徴かつ魅力ではないでしょうか。シュルレアリスム絵画の第一人者として知られる、ダリの代表作をご紹介します。

「記憶の固執」1931年

ダリの作品の中でも最も有名な作品かもしれません。ダリが26歳のときに書き上げた、初期の作品です。

溶けてグニャグニャになった時計は、カマンベールチーズが溶けていく様子にインスピレーションを得て描かれています。ダリの故郷カタルーニャ地方のクレウス岬半島が背景に描かれています。現在ではニューヨーク近代美術館(MoMA)に所蔵されており、同美術館の人気展示作品のひとつとなっています。

「窓辺の少女」1925年

モデルの海を眺めている少女は、妹のアナ・マリアだといわれています。ダリは母を亡くしてから妹ととても仲が良く、ガラと結婚するまで唯一の女性モデルでした。

ダリがシュルレアリスムに傾倒する以前の1925年に描かれたということもあり、極めて写実的かつ奇妙なモチーフもない、いわゆる「ダリらしくない」という点でも貴重な作品。現在はソフィア王妃芸術センターに所蔵されています。

「ナルシスの変貌」1936年~1937年

まるでだまし絵のようなこちらの作品は、左に描かれているのが「ナルシス」、右に描かれているのが「卵を持つ右手」だといわれています。

ナルシスは、ギリシャ神話に登場する少年のこと。ナルシス(ギリシア語でナルキッソス)は大変な美貌をもつ少年でしたが、それゆえに泉の水に映る自分の姿に恋をしてしまいます。そして水面に映る自分自身にキスをしようとした結果、おぼれて死んでしまうのです。余談ですが、このエピソードから、ナルシスは「ナルシスト」という言葉の語源になっています。

「ナルシスの変貌」では、左に描かれる水面を見つめるナルシスが死んだあと、右の卵から復活していることを暗示しているといわれます。また、ここに描かれるナルシスとはダリ自身を、そしてガラを描いているという解釈が一般的です。現在ではロンドン テートギャラ―に所蔵されています。

「目覚めの直前、石榴の周りを一匹の蜜蜂が飛んで 生じた夢」1944年

フロイトの夢分析からインスピレーションを得て描いたといわれる作品です。海を背景に岩で寝ている裸の女性は妻のガラがモデルです。

ザクロ、魚、トラ、ミツバチといった多くのモチーフが描かれており、極めてシュールな夢の中の世界を描こうとするダリの試みがよく表れています。

ザクロは復活や豊穣、そしてヴィーナスを表現するシンボルであり、ミツバチは処女の象徴。それらがガラを取り巻いているのは、ガラを聖母として描き出そうとしているのだと解釈できます。現在ではティッセン・ボルネミッサ美術館に所蔵されています。

「最後の晩餐」1955年

レオナルド・ダ・ヴィンチの有名な絵画『最後の晩餐』を再構成してダリが描き上げた作品です。若々しいキリストが中央に左右対称の構図、背景には黄金の雲が広がり神々しさが伝わってきますが、キリストと使徒たちの上に浮かぶ半裸の男性のモチーフなどダリらしい奇妙な要素も感じられます。

宗教画というデリケートな領域への挑戦だっただけに、宗教界を中心に激しい賛否両論を巻き起こした問題作といわれます。こちらの作品はワシントン ナショナル・ギャラリーに所蔵されています。

ダリのエピソード

一目見たら忘れることができない風貌から受ける印象通り、ダリは変人なことで有名でした。天才すぎるがゆえなのか、常人には理解できない奇行が目立ち、常にスキャンダラスな存在でした。

そんな彼の素顔はどのようなものだったのでしょうか?彼のエピソードから見える実際のダリの姿を紐解いていきましょう。

ダリの奇行

とても真似できない独創的な作品を描くダリは、先述の通りその奇行にも注目を浴びていました。

たとえばダリは、自分のことを「天才」と呼んではばからなかったといいます。そうした自己顕示的な性格を表すエピソードには枚挙にいとまがなく、凱旋門に象に乗って現れ、民衆の度肝を抜いたり、「ダリと猫と椅子」という不思議な写真をとるために28回もジャンプを繰り返したりと、常人には理解できない行動を繰り返しました。

また、ロンドンの講演会のステージに潜水服を着て登場したところ、うまく酸素が供給できず死にそうになったこともあります。

過激なパフォーマンスが批判を浴びる

ダリのこうした過激な言動は、商業的なパフォーマンスだとして同業者からの批判を浴びることとなってしまいます。特にダリがアメリカでアートをビジネスにすることに成功すると、ダリの作品は商業的すぎると批判され、かつての同志・ブルトンから「ドルの亡者」と皮肉られました。

ファシズムへの傾倒

ダリは、ナチスドイツのヒトラーを崇拝していました。また、スペインで成立したファシズム政権であるフランコ政権に近づくなど、ファシズムに傾倒していたことでも知られています。

こうした考え方もまた、同業者たちの反感を買いました。特に「ゲルニカ」を描きスペイン内戦の悲惨さを暴くなどファシズムを批判する立場だったピカソは、ダリを公然と批判し、ダリもまたピカソを痛烈に批判しました。このように現代美術を代表する2人の芸術家は、犬猿の仲だったといわれています。

実は奇人を演じていた?

そんな天才であり奇人であったといわれるダリですが、実はこうした言動はすべて一種のパフォーマンスであり、演じていただけだとする説があります。私生活での彼は、繊細で思いやり深く、常識的な紳士であったともいわれています。

ダリ自身が発した有名な言葉に「天才を演じていれば天才になれる」という言葉があります。「自分は天才」と公言することも、常人に理解できないような奇行を繰り返すことも、自分にプレッシャーをかけて「天才」になろうとするダリなりの努力の表れだったのかもしれません。

奇才サルバトール・ダリの描く世界

サルバトール・ダリについてご紹介してきました。シュールで奇妙な作風に加え、その過激すぎる言動から「奇人・変人」のレッテルを貼られることも多い彼ですが、実情はそんなこともなかったのかもしれません。

とはいえ、彼の描き出す作品は唯一無二の独自性にあふれていることは間違いありません。現代美術のトップアーティストの一人であるダリの作品を、ぜひ一度鑑賞してみてください。

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