イギリスを代表する作家『チャールズ・ディケンズ』。読んでおきたい代表作

2019.08.09

社会的弱者の視点からいくつもの名作を生み出したヴィクトリア朝時代の小説家、チャールズ・ディケンズ。その作風はイギリスで絶大な支持を受け、10ポンド紙幣に肖像画が載るほどでした。そこでこの記事では、チャールズ・ディケンズの生涯と代表作をご紹介します。

チャールズ・ディケンズの生涯

チャールズ・ディケンズ(1812年2月7日 – 1870年6月9日)は、ヴィクトリア朝時代を代表するイギリスの小説家です。

幼い頃に生家が破産し、12歳にして過酷な工場労働者として働き始めるなど、10代までは非常に貧しい生活を送っていました。

最初のペンネームはボズ

1833年(当時21歳)、定職の片手間に「ボズ」というペンネームで書き始めたエッセイがマンスリー・マガジン誌に掲載され、小説家としての第一歩を踏み出します。

これを機に、複数の雑誌から誘われるようになり、1834年にはモーニング・クロニクル紙に報道記者として就職しました。

そして1836年には、第一作となる『ボズのスケッチ集』を発表し、世間から注目されるようになります。

二作目で早くも大ヒット

『ボズのスケッチ集』を発表した翌年、チャールズ・ディケンズはニ作目となる『ピクウィック・ペーパーズ』を発表しています。するとこれが大ヒットとなり、一気に小説家としての名声を高めました。

チャールズ・ディケンズはその後も次々に小説を世に送り出し、人気を不動のものとしていきます。

特に、この時に著した『オリバー・ツイスト』『クリスマス・キャロル』といった著作は、英米文学の金字塔として現在でも読み継がれる人気の作品です。

晩年は作風に変化が

『ピクウィック・ペーパーズ』以降、順調な作家人生を歩んでいたチャールズ・ディケンズですが、後期から晩年にかけては作風に変化がみられます。

『二都物語』や『大いなる遺産』に代表されるように、社会的に弱い立場の人々を描くことで当時の社会制度を批判するといった内容が目立つようになりました。

そんな作風の変化に合わせるように、晩年のディケンズは社会的弱者に向けた講演や慈善事業も活発に行っています。

このように慈善家としての一面もみせたチャールズ・ディケンズですが、1870年6月9日、『エドウィン・ドルードの謎』を執筆中に、脳卒中により亡くなっています(享年58歳)。

代表作は数知れず

チャールズ・ディケンズは非常に多くの作品を世に残しました。1836年の『ボズのスケッチ集』に始まり、遺作となった1870年の『エドウィン・ドルードの謎』まで34年間を執筆活動に費やし、そのどれもが英米文学を代表する作品として知られています。

それらのなかでも『オリヴァー・トゥイスト』『クリスマス・キャロル』『二都物語』『大いなる遺産』の4作品は特に有名です。

これらは度々映像化されているので、チャールズ・ディケンズという名前を知らない人、あるいは小説は読まないという人でも、一度は目にしたことがあるのではないでしょうか。

ドラマや映画になった主な作品

前述のとおり、チャールズ・ディケンズの代表作のいくつかは、たびたびドラマや映画になっています。

例えば、『オリヴァー・トゥイスト』は、1922年に映像化されていますが、それ以降、2007年の『オリバー・ツイスト リニューアル・バージョン』まで、合計8作品がつくられています。

また、『クリスマス・キャロル』が9作品、『デイヴィッド・コパフィールド』が6作品、『大いなる遺産』が9作品つくられています。

映画ダークナイト ライジングも

上記の中には、原作を忠実に実写化したものもあれば、題材のモチーフに過ぎないものもあります。

そして、題材のモチーフになったという点で最もヒットしたのが、2012年の映画、『ダークナイト ライジング』、つまり、バットマンです。

この映画はチャールズ・ディケンズの『二都物語』がモチーフとなっているのですが、『二都物語』を読んだことがある人も、最後まで興奮しながら鑑賞できたのではないでしょうか。

偉大なる小説家チャールズ・ディケンズ

作品が実写化される小説家は大勢いますが、チャールズ・ディケンズほど多くの作品が、しかも複数回にわたって実写化される小説家は世界でもあまりいません。

これは、社会的弱者の視点を用いたチャールズ・ディケンズの作品は、イギリスの国民的作家として古今あらゆる時代の人に受け入れられているからでしょう。

そんな彼の作品を今一度読み直してみてはいかがでしょうか。

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