抹茶の歴史を簡単に解説~古代中国から日本へと受け継がれたお茶文化

2019.08.06

お茶好きの間から親しまれている抹茶。しかし抹茶がどのようにして生まれたのか、その起源や歴史を知っている方は多くないでしょう。この記事では抹茶がどのようにして日本にもたらされ、浸透していったのか、その経緯を簡単に解説しています。

抹茶の起源

抹茶を含むお茶の起源は中国にあります。まずは中国からどのようにお茶が伝来してきたのかを見ていきましょう。

お茶は中国から生まれた

抹茶のルーツである「お茶」が誕生したのは今より遥か昔、紀元前2700年前の中国です。

当時のお茶は飲料としてではなく、薬として扱われていました。しかし時が経つにつれ、身分が高い貴族の方などに愛されるようになっていきます。

唐の時代になると、お茶を飲むという行為が中国全土で1つのブームとなります。ただこの時のお茶は緑色ではなく茶色。茶葉を煮て乾燥させた餅茶(へいちゃ)というお茶でした。

日本における抹茶の歴史

抹茶の原型は中国から日本にもたされました。この項目では、お茶、そして抹茶が日本に浸透していった歴史を解説します。

中国から受け継がれる抹茶

今から1200年近く前に、遣唐使からお茶の種子が伝わり、日本でもお茶の歴史が始まります。

中国同様、日本でもお茶は薬として扱われ、高級なものとされていました。そのため庶民の間には広まらず、一部の人間にしか飲まれませんでした。

しかし鎌倉時代、臨済宗の開祖となった栄西が中国からお茶の種子をもちかえり、京都の宇治で栽培を開始しました。

このとき同時に持ち帰ったのが、お茶の粉末を湯の中にいれてかき混ぜる「抹茶法」。中国では宋代のころ(960~1279)にはすでに成立していたこの製法が日本に伝えられると、これが徐々に拡大し、現代でも愛されている日本の「抹茶文化」の基礎が誕生したというわけです。

室町幕府~安土桃山時代

この時代になると、お茶をたてる道具が開発されていき、お茶の質も向上していきました。

さらに茶道の祖である村田珠光や武野紹鴎、千利休といった偉人がお茶の作法や侘茶(わびちゃ)を作り上げ、現代の「茶道」を形作りました。

こういった背景から、抹茶などのお茶を飲む文化が武士や貴族の間で流行り始めます。単純にお茶を飲む楽しさを追求するだけでなく、茶会を開催することで権力の誇示や、軍略的な関係を強めるなど、政治的な面も含まれていました。

江戸時代

江戸時代にもなると、ようやくお茶が庶民階級にまで広まります。ただし抹茶はまだまだ武家をはじめとした貴族階級のものという意識が強く、この時代の庶民が抹茶を飲むことは一般的でありませんでした。

転機となったのは煎茶の生みの親ともいえる永谷宗円が、煎茶の製法を作り上げたことです。簡単に抽出できて美味しく、いままでにない飲み物として煎茶が人気を博すと、お茶は庶民にとって徐々に身近なものへとなっていきました。

そして現代へと

最後に抹茶がどのようにして、現代で愛されているようなものとなったのかを解説します。

お茶が日常的なものになるまで

江戸時代からは庶民の間でお茶が浸透しましたが、値が張る高級品ということもあり気軽に飲めるものではありませんでした。また、抹茶という文化はまだまだ一部の貴族階級や、茶道家のものでした。

しかし明治維新を経て身分制度が崩壊し、日本の文化を見直す動きが起こると、岡倉天心が「茶の本」を執筆するなど茶道が日本人にとって重要な文化のひとつであると位置づけられるようになります。やがて抹茶をたてることは、当時の女性の教養の一つとみなされるようになり、抹茶がいわゆる一般庶民にとって徐々になじみ深い存在になっていきます。

その後2度の大戦を経て、昭和の時代には大規模な機械化により抹茶を含むお茶の大量生産が可能となります。

こうして最近では抹茶を飲むだけでなく、他の飲料と組み合わせたり、アイスクリームなどのスイーツに加えたりと、カジュアルに親しまれるようになっていったのです。

1000年もの歴史がある抹茶

抹茶が日本に誕生したのは鎌倉時代、つまり今から1000年以上も前のことです。始めは貴族や武士など、身分が高い人の間で親しまれてきました。しかし時が経つにつれ、幅広い層へと浸透していき、今では誰でも気軽に抹茶を楽しめるようになりました。

歴史を知ると、いつも飲んでいる抹茶が少し違ったように味わえるかもしれません。気軽に抹茶味が楽しめることに感謝しつつ、ぜひ普段から抹茶に慣れ親しんでみてくださいね。

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