ヘミングウェイの代表作は?永遠のアメリカン・ヒーローの魅力をご紹介

2019.08.06

アーネスト・ヘミングウェイ(1899年~1961年)は、アメリカ合衆国の小説家、詩人です。シンプルで読みやすい文章と男性的な魅力を放つアメリカ文学を代表する文豪で、「パパ・ヘミングウェイ」の愛称で親しまれました。この記事では、ヘミングウェイの波乱の生涯と代表作を解説していきます。

ヘミングウェイが生きた日々

ヘミングウェイは、1899年、現在のシカゴにあたるイリノイ州オークパークに生を受けました。19世紀末といえば、南北戦争が終結後、アメリカが一気に工業化を遂げた時代であると同時に、西部開拓が完結し、フロンティア(辺境)が消滅した時代でもあります。

これから近代的な工業化を成し遂げていく時代でありながら、どこか未開拓な大自然の混沌が残っている。当時のアメリカにはそんな気配があったことが推察されます。

アメリカを象徴する趣味や性格

そんなアメリカ文化を象徴するように、ヘミングウェイは、ミシガン州のベア湖のそばの別荘で、たくさんのアウトドア文化に慣れ親しみました。活動的な父親の影響で、幼いころから釣りや狩猟などに親しみ、またボクシングの手ほどきも受けたといわれています。

このアウトドアな趣味や、当時のアメリカらしいマッチョイズム(※)は、後の彼の作品に色濃く反映されていきます。

(※マッチョイズム:男性的な強さやたくましさなどを美徳と考え、それらを重んじる考え方のこと)

非戦闘員として戦地に赴く

ヘミングウェイの青年期は、第一次世界大戦真っ只中。そんな時代の青年には珍しくないことですが、ヘミングウェイもまた軍人として戦地に赴くことを熱望していたと言われています。

しかし、新聞記者だった19歳のとき、第一次世界大戦時のアメリカ軍隊に志願するものの、左目が弱視だったため入隊を断られます。彼の著作を知っている人には少し意外かもしれませんが、実はヘミングウェイは軍隊に所属していたことはありません。

彼の戦地経験は、戦闘兵としてではなく、赤十字病院の傷病兵運搬車の運転手としてのものでした。彼の赴任地はイタリアで、激化するヨーロッパ戦線の中心地。そんななか、非戦闘員としてではあるものの、ヘミングウェイは戦地で負傷した味方を勇敢にも救出するなど、活躍しました。その中で、迫撃砲の攻撃を受けたヘミングウェイは、重症を負ってしまい、アメリカへの帰国を遂げることになります。

やや余談的になりますが、このとき入院したミラノの病院の看護婦とヘミングウェイは恋愛関係になりますが、その後一方的にフラれてしまうという経験をしています。この熱烈な恋愛は、後の代表作『武器よさらば』の着想へとつながりました。

戦地で経験した負傷と死への恐怖、恋愛といった数々の経験は、彼のその後の著作、そして彼自身の人生に多大な影響を及ぼしました。

作家としての成功

アメリカに帰国したのち、ヘミングウェイは1925年ごろから作家としての活動を開始します。当時のアメリカを象徴するような彼の人生や、戦地での壮絶な体験を下敷きにした作品は瞬く間に好評を博し、一挙に人気作家の仲間入りを果たします。

そして1954年、小説『老人と海』で、ノーベル文学賞を受賞します。彼の作品はアメリカ文学の古典とされ、その無機質でリアリズム的な描写、簡潔かつ鋭く刺さるようなハードボイルドな文体は、アメリカ文学の一つの型を確立したといえるでしょう。

事故の後遺症に悩み自殺

そんな華々しい作家生活とは裏腹に、ヘミングウェイの私生活には不幸が多く起こります。

戦地での被弾体験に加え、のちに経験する2度の航空機事故の経験などから、常に死の恐怖に囚われていたといわれています。そのためか精神状態も不安定で、私生活では結婚と離婚を繰り返し、躁鬱の発作にも苦しんでいました。

そんな状態でありながら、神経質で弱い自分を世間から隠すために、強くたくましくアクティブな作家を演じていました。そしてついに、日に日に悪化する健康状態に悩み、自殺を図ります。この時は妻に阻止されて失敗に終わりますが、退院後に再び猟銃自殺を図り、1961年にその生涯を閉じました。

ヘミングウェイの代表作

ヘミングウェイというとハードボイルドでマッチョな男性というイメージを持つ方は多いと思います。そんなヘミングウェイの代表作、おすすめの作品をご紹介します。

『日はまた昇る』1926年

ヘミングウェイの出世作で、初めての長編小説です。ヘミングウェイ自身がスペインの闘牛に魅了され、闘牛の興行を追ってスペインを転々とする間にこの小説の着想を得たとされており、当初短編を構想していたものの私生活とリンクして徐々に構想が変化していったといわれます。

若いスペイン人闘牛士のペドロ・ロメロは、闘牛士として生と死の狭間に身を置きながら、プライドを持って仕事をしています。そんな彼に惹かれ駆け落ちをするブレッド。語り手のジェイク・バーンズはヘミングウェイ自身がモデルといわれており、情熱的な雰囲気が漂う作品です。

『武器よさらば』1929年

ヘミングウェイ作品の中でも屈指の名作との呼び声の高い、戦場を舞台とした小説です。

舞台は第一次世界大戦中の戦場で出逢った2人、イタリア兵に志願したアメリカ人フレデリックと戦場の看護師キャサリンの物語です。愛し合う二人はスイスへ逃亡するも、難産で赤子と共にキャサリンは亡くなります。

いうまでもなく、彼自身の戦地での体験がモデルで、かなり実体験に近いものとなっています。

降りしきる雨の描写が見事です。キャサリンが雨が怖く、自分が雨の中で死ぬ場面が見えると言っていたように、最期に雨の中をフレデリックが独りで去っていくシーンは心が張り裂けそうになります。

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『キリマンジャロの雪』1936年

アフリカで狩猟をしていた小説家のハリーは、脚の壊疽で死を覚悟していました。看護する妻ヘレンの言うことを聞かず、自暴自棄になり酒を飲み始めます。そして、ヨーロッパの各地で過ごした日々を回想するうちに眠りにつき、夢の中で飛行機はキリマンジャロへと飛び立ちます。

ヘミングウェイの小説の中ではやや趣が異なる、夢想的な短編小説です。

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『誰がために鐘は鳴る』1936年

1930年代のスペインの内戦が舞台。反ファシストのロバート・ジョーダンはファシストの物資を運ぶのを阻止するため山間部にある橋を爆破することがミッションでした。そんな中、ファシストに両親を殺されたゲリラの美しい娘マリアと出逢い二人は恋に落ちます。その後、危機に陥ったロバート一行ですが、マリアや仲間を逃すためロバートは死を選びます。

美しくも気高い、愛と犠牲の戦争物語は、まさにヘミングウェイのエッセンスを詰め込んだ集大成ともいうべき作品です。

ゲーリー・クーパーとイングリット・バーグマン主演で1943年に映画化されました。キスシーンでバーグマン扮するマリアが「鼻が邪魔にならない?」という台詞が有名です。

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『老人と海』1951年

『老人と海』は、ヘミングウェイの名声を確固たるものにした世界的なベストセラーで、最高傑作との呼び声も高い作品です。この作品が評価されたことで、彼はノーベル文学賞を受賞しました。

キューバの老漁師サンチャゴは、小さな船で沖に出て、カジキを釣ることを生業にしていました。そんな彼には助手の少年がいるのですが、ある日独りで沖に漁に出ると、驚くほど巨大なカジキが針に食らいつきます。数日にもわたる格闘の末、弱ったカジキを捕獲しますが、その帰路、血の匂いにサメが集まってきてカジキは食いちぎられてしまいます。

港に戻るころには、カジキはサメにすっかり食い尽くされて残骸になっていました。噂を聞きつけた助手の少年が老人の小屋に行くと、サンチャゴはライオンの夢を見て眠っていました。

大自然と格闘する小さな人間の姿、そしてその中でも光る人間の本質的な強さが、淡々と事実を描写していくリアリズム的な文体だからこそ、より克明に描写されています。ストーリーだけを見るとなんだか不思議な小説ですが、ぜひ一度実物を手に取ってみてほしい名作です。

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パパ・ヘミングウェイのエピソード

アメリカの男性を象徴するような生き方から、「パパ・ヘミングウェイ」とよばれアメリカ人に愛された永遠のヒーロー。実情は繊細な部分もあったようですが、それでも豪快で男らしいエピソードには事欠きません。

アウトドアが大好きだったほか、お酒が非常に強かったことでも知られています。彼が愛したカクテル『パパ・ダイキリ』やパリのカフェをご紹介します。

こよなく愛したカクテル『パパ・ダイキリ』

ヘミングウェイは行きつけのバー『フロギリータ』で、グレープフルーツで作ったカクテル「ダイキリ」を飲むのが大好きでした。

ダイキリは、ラム酒とライム、そして砂糖で作るカクテル。基本のレシピはラム酒45ml、ライムジュースを15mlに砂糖を適量加え、氷を入れずに提供するというものです。しかしヘミングウェイは、糖尿病を患っていたため、砂糖が入ったダイキリを飲むことができませんでした。

そこでヘミングウェイは、「砂糖を抜く代わりにグレープフルーツジュースとチェリーリキュールを入れ、さらにラム酒とライムジュースをダブルにし、クラッシュアイスでいっぱいにしたグラスに入れてもらう」というアレンジオーダーをしていました。アルコール度数の高いラム酒をダブルでということは90mlですから、相当な量です。

ヘミングウェイは、そんな強力なカクテルをバーで毎晩5杯吞み、更に5杯分を作ってもらい家に持ち帰っていたのだとか。このダイキリは『パパ・ダイキリ』と呼ばれ広く親しまれています。

パパ・ダイキリのレシピ

  • ラム酒:90ml(※60mlという説もある)
  • ライムジュース:30ml
  • グレープフルーツジュース:15ml
  • マラスキーノ(チェリーリキュール):少々

これらをシェーカーに入れてシェイクし、クラッシュアイスをたっぷり詰めたグラスに注いでいただきます。飲んでみるとわかりますが、かなり強いカクテルですので飲みすぎにはご注意を。これを毎日10杯も飲んでいたとは、ヘミングウェイの酒豪ぶりがわかります。

ヘミングウェイが愛したパリのカフェ

ヘミングウェイが妻とパリを訪れたときのこと、パリの有名なカフェ『カフェ・ド・ラ・ぺ』に立ち寄りました。そこでランチをとった日は、ヘミングウェイにとって思い出深い日となりました。何しろ支払いのときに所持金が足りなかったのです。

妻のハドリーが大急ぎでホテルでお金を取りに行ってカフェに戻り、ことなきを得ました。その後7年間パリで過ごすことになりますが、こうした失敗にもかかわらず、ヘミングウェイは数多くのパリのカフェによく通ったといわれます。

繊細さと豪胆さを併せ持つアメリカン・ヒーロー

釣りに狩猟、ボクシングや闘牛が好きなヘミングウェイは、古き良きアメリカ人男性の象徴であり、永遠のアメリカン・ヒーローです。しかし、実際はとっても繊細な面もある、人間的魅力にあふれた人物でした。実は猫がとても好きだったなんていうかわいいエピソードも知られています。

彼の作品がこよなく愛される理由は、その強さとたくましさだけでなく、その背景にある繊細な心の機微ゆえかもしれません。ぜひ、けっして単純ではないヘミングウェイの作品を読んでみてください。

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