「三権分立」で有名なモンテスキューが、本当に伝えたかった事とは

2019.07.26

モンテスキューの唱えた「三権分立論」は、教科書に必ず登場し、今も私たちの社会に受け継がれています。モンテスキューが主著『法の精神』を通して本当に伝えたかったこととは何だったのでしょうか。時代背景とモンテスキューの思想の柱である「政体区分論」、「三権分立論」から解説します。

モンテスキューの本名と時代背景

モンテスキューは、本名を『シャルル=ルイ・ド・スゴンダ』と言い、ラ・ブレードおよびモンテスキューという土地を領地とする男爵でした。

ボルドー高等法院で参事官や副院長を務めましたが、37歳の若さで引退してからは学問に身を捧げました。余談ですが、イギリス滞在時にはフリーメーソンに加入したことでも知られています。

モンテスキューが生まれた1689年はイギリスで名誉革命が起こり、青年期の1715年にはルイ14世が亡くなるという激動の時代で、この経験がモンテスキューの思想にも大きな影響を与えたと言われます。

『法の精神』から「政体区分論」を解説

モンテスキューは、主著『法の精神』において、法は「事物の本性に由来する必然的諸関係」であり、国土の自然条件や民族の生活様式といった様々な条件に適合していなければならないと説きます。

そこで提示された『政体区分論』において提示された3つの政体「共和政」「君主政」「専制政」とはそれぞれどのようなものなのか、ここで解説します。

共和政

三つの政体それぞれは、その仕組みの本質である「本性」と、その仕組みの基礎となる精神である「原理」から説明されています。

共和政の「本性」は人民ないしその一部であり、それら人民が支配権を持つことです。共和政はさらに、人民全体が主権を持つ場合が「民主政」、人民の一部が主権を持つ場合は「貴族政」と区別されます。

そして、共和制の「原理」は、自らの利益よりも公共の利益を重んじる公共心や祖国愛とされています。

君主政

一方で、君主政では、法に基づきながら君主一人が支配を行うことが「本性」です。

そこでは、貴族がその支配を抑制する立場に位置づけられ、高等法院などを機能させて法の支配を徹底させます。そして、君主政の「原理」は、野心に基づく名誉であり、それが自動的に社会の秩序を生み出しているとされます。

専制政

君主政同様に一人の君主が権力を独占するのが、専制政の「本性」ですが、この場合は法による制限がありません。そして、その「原理」は恐怖であり、君主は家来を威嚇して国を治めます。

『法の精神』から「三権分立論」を解説

ここ日本でも、国会、内閣、裁判所に権力が分散され、実践されている「三権分立」。これを最初に唱えたのはモンテスキューでした。ここでは、『法の精神』に記された「三権分立」と、それに基づくモンテスキューの主張をご紹介します。

法のもとの自由と「中庸」

モンテスキューが『法の精神』で目指したのは専制政を抑止することでしたが、とはいえ人民への権利委譲を無条件で推奨したわけではありません。

モンテスキューは、民主政の社会においても、自由は無制限の権利であるだけでなく、法による制限の下で可能となると考えました。また、古代ギリシャの哲学者アリストテレスが説いた「中庸」の精神(※)が立法にあたっても重要であり、政治における善についても極端なものにならないように注意を払いました。

(※中庸:アリストテレスが提唱した概念の一つ。「善なること」の実践には、何事にも両極端にならず、ちょうど中間のバランスの取れた状態こそが理想とした)

三権分立のもとの君主制

モンテスキューは、以上のような前提のもとで、名誉革命以後のイギリスで見た、君主の執行権と上院下院からなる議会の立法権、そして両者の均衡、そして司法権の担い手としての陪審制について論じています。

小難しく書きましたが、要は「君主(=行政)」「議会(=立法)」「陪審制(=司法)」の3つの関係を検討した、ということです。

この書の結論としてモンテスキューは、行政・立法・司法の三者の均衡と抑制が成り立つ「三権分立」のもと、憲法によって君主の権力が規制を受けている状態、すなわち『立憲君主制』が理想の政治体制であると主張しました。

モンテスキューが伝えたかった事とは

こうしてみると、モンテスキューの思想は、単に「三権分立と、立憲君主制が重要だ」というだけのものではないのかもしれません。

モンテスキューは、激動の時代にあって、彼なりに政体が安定するためのあるべき姿を模索しました。その中で、自由が重要であることは認めつつ、それは無制限なものではなく、互いが互いを抑制しあって初めて成立するものだと説いているのです。

既存の秩序が解体しつつある中で、そうしたいわば「自由な国家の実現の前提となる、理念と方法論」が必要であるということこそ、モンテスキューが本当に伝えたかったことだといえるでしょう。

そしてその中で彼が見出した「三権分立」は、現代の政治体制にも通じる優れたバランス・オブ・パワーのモデルとなっています。

教科書にはのっていないモンテスキュー

モンテスキューには、東洋人の目から見た当時のフランスの社会や政治を風刺を込めて描写した『ペルシア人の手紙』や、歴史の因果法則を考察した『ローマ人盛衰原因論』、さらには科学的考察や文学作品まで、様々な著作があります。一部は翻訳もありますので、教科書にはのっていないモンテスキューにも触れてみてはいかがでしょうか。

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