最古の学問の一つ「天文学」とは?天文学者の仕事内容も紹介

2019.07.29

天文学は、天空の現象を読むことから始まった学問で、 人類の文明と同時に発生したといわれている最古の学問の一つです。その後、文明の進化とともに 大きく発展した天文学の専門家はどのような仕事をしているのでしょうか。この記事ではそんな天文学についてご紹介していきます。

天の現象を読むことがルーツの天文学とは

古くからの天文学は、天体の位置を精密に測定する『位置天文学』と、 天体の動き方を研究する『天体力学』が中心となっていました。これらは、現在では『古典天文学』と呼ばれています。

その後、19世紀末に『天体分光学』が導入され、 20世紀に入ってからは量子論や相対論といった物理学をベースにした『天体物理学』が発展したことで 天文学自体が飛躍的に進歩することになりました。

では、そのルーツはどのようなものなのでしょうか。

天文学の大まかな歴史

古典天文学の時代は、惑星の運行や恒星の位置をまとめた資料は存在していましたが、星自体の物理的な性質自体を知ることはできませんでした。

しかし、天体物理学が進展したことで星の表面の温度・密度のほか星の速度や化学組成なども調査できるようになりました。第二次世界大戦後には、電波・X線などを使った観測ができるようになり、これまで知られていなかった宇宙の姿も判明しました。

違う波長で観測した宇宙は、これまでとは全く違う姿をしていたことがわかり、最近では、ニュートリノや重力波などといった 電磁波以外の調査方法の天文学もスタートしています。

いろいろな科学分野が複合した総合科学

このように、さまざまな科学分野が合わさってできているのが天文学ともいえます。特にさまざまな分野の技術を結集した電波望遠鏡の開発により、強力な電波を発している銀河やクエーサーも発見されています。

有名な天文学者にはどんな人がいる?

では、天文学を発展させてきた有名な天文学者にはどのような人物がいるのでしょうか。まずは世界に目を向けてみましょう。

地動説で有名なコペルニクス

ポーランドの天文学者で15世紀前半に活躍したのが、コペルニクスです。

クラコウの大学で神学を学んだ後、イタリアに留学して教会法や医学も修得したのですが、その留学中に天文学に関心を持ちはじめ、プトレマイオスが説いた地球が宇宙の中心にあるという概念に代わる理論の研究を行いました。

1510年代中頃には太陽中心説を初めて述べた『コンメンタリオルス』を限定した人々に配布し、1539年に弟子入りしたレティクスの強い勧めもあり『天球の回転について』を執筆しました。

この書籍が出版された1543年にコペルニクスはなくなりましたが、『コペルニクス革命』と呼ばれる歴史的意義を持つ一冊として評価されています。

ケプラーの法則で有名なケプラー

16世紀後半から17世紀にかけて活躍したドイツの天文学者ケプラーは、チュービンゲン大学で地動説を学び、コペルニクス説を熱烈に支持したことで知られています。

グラーツ大学の教授だったときに執筆した『宇宙誌の神秘』の中で、惑星体系の数理理論を世界で初めて展開しました。1597年にプラハに移ってからは、惑星の楕円運動に関する3法則である『ケプラーの法則』を発見しました。

相対性理論で有名なアインシュタイン

天才物理学者として知られるドイツ生まれのユダヤ系アメリカ人のアインシュタインは、1914年から1916年の間に『一般相対性理論』を発表して、物理学の歴史を大きく変えました。

1921年にノーベル物理学賞を受賞し、翌1922年には来日して日本の大学との共同研究を行っています。アインシュタインが物理学にもたらした革命は、天文学にも大きな影響を与え、天文学の発展に寄与しているのです。

日本の有名な天文学者は?

天文学者は国内でも活躍しています。あまり知られていないかもしれませんが、日本人の有名な天文学者を見ていきましょう。

偉大な功績を持っている人たちが、天文学を支えているのです。

文化勲章を受賞した木村栄

19世紀後半から20世紀にかけて活動した天文学者である木村栄(ひさし)氏は、金沢に生まれ、1892年に東京帝国大学星学科(現東京大学)を卒業して水沢国際緯度観測所長となりました。

水沢では緯度観測データが他国のデータと整合しない原因を追究して、『木村項』と呼ばれる緯度変化の式によって問題を解決しました。

その功績で1911年に日本学士院賞を、1936年に英国王立天文学会ゴールドメダルを、1937年に文化勲章を受章しています。

賞の名前にもなった林忠四郎

20世紀を代表する天文学者といえば、2010年に90歳という天寿を全うした林忠四郎氏です。京都に生まれ東京帝国大学理学部物理学科を卒業した後は、京都大学湯川秀樹研究室の助手になりビッグバン元素合成の研究を行いました。

研究室では、恒星の進化を内部構造計算で系統的に追跡し、星全体に対流が発達すると重力収縮エネルギーを能率よく放ち、温度がほぼ一定になり光度が高い時期があることを発見しました。

このように天文学における重要な発見したことを称え、林氏は文化勲章受章などを授与しています。

また、日本天文学会では1995年に第11回京都賞を授与されたことを記念して、林氏からの寄付金を基金とした『林忠四郎賞』を天文学の分野において大きく寄与する研究業績に対し、1996年から授与することにしました。

2019年に新しい発見をした本間希樹

1971年にアメリカ合衆国テキサス州で生まれ、東京大学大学院博士課程修了後、国立天文台の研究員になったのが本間希樹氏です。

もともとは自然科学研究のために東京大学に入学しましたが、よりスケールの大きな研究がしたいという一心で大学院から電波天文学へ転向しました。

そこで複数の望遠鏡で同じ天体を観測して、それらのデータを掛け合わせることで巨大望遠鏡による観測と同じ解像度を得るシステムを開発したのです。

その後、日本では岩手県の水沢、東京都の小笠原、鹿児島県の入来、沖縄県の石垣島をつないで観測する『VERAシステム』のリーダーを任されています。2014年にはその業績に対し『自然科学研究機構若手研究者賞』が贈られました。

そして2019年、ついに人類で初めてブラックホールの撮影に成功するという大偉業を達成しました。

天文学者の仕事は3種類

天文学者の仕事は大きく分けて3つに分類されます。それぞれ、どのような役割があり、業務をするのでしょうか。

天体を観測するための装置を作る装置屋

天体の観測を行うのは望遠鏡ですが、実は観測目的や観測対象により、観測装置を使い分けています。『装置屋』と呼ばれる天文学者は、その時代における最新の技術を活用した高性能の装置を作って新たな観測領域を切り開いていきます。

装置屋に必要なのは、絶対にできないと考えられていることを実現するための根気・根性です。学術的な部分はもちろん、精神面の強さも求められる仕事なのです。

天文を実際に観測する観測屋

『観測屋』と呼ばれる天文学者の仕事は、宇宙の様子を実際に観測することです。具体的には、公募観測を行っている天文台に観測の提案をし、厳しい提案競争に勝ち抜くことで観測所へ行くことが許されます。

実際の観測では、観測手順をオペレーターに指示し、集めた観測データを解析し論文を書くことになります。

最近に日本人の観測屋は、すばる望遠鏡を最も使用しています。このすばる望遠鏡は、北半球では最も良い観測地とされるハワイ島のマウナケア山頂(高度4200m)にあります。

観測屋に必要なものは、とにかく晴れ間を引き寄せることです。運任せな部分もありますが、雲があっては最高級の望遠鏡も役に立ちません。

観測結果から考える理論屋

天文学における『理論屋』とは、観測屋が出した結果から様々な結論を導き出すのが仕事です。

宇宙はビッグバンの直後に瞬間的に広がり、その後もずっと膨張を続けているので、その調査対象は無限大でしょう。最近では、コンピュータ内でシミュレーションする研究も増えていますが、宇宙の全容が解明されるのはまだまだかかりそうです。

そのため、理論屋の仕事もなくなることはありませんが、ひらめきやセンスが要求されるなかなか難しい仕事といえます。

天文学者の仕事は天体や宇宙の研究

天文学者は、大学や天文台など研究機関で天体の新しい現象や法則を明らかにする仕事をしています。しかし、アマチュアの天文家も重要な研究成果を残している面白い学問でもあります。

星に興味があれば、今からでも天文学に触れてみてはいかがでしょうか。

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