プッチーニの代表作をご紹介。イタリアオペラの巨匠が生む美しい旋律

2019.07.17

ジャコモ・プッチーニ(1858年~1924年)は、イタリアの作曲家です。ヴェルディ亡き後の、イタリア・オペラの伝統の担い手として、今でも知られる数々の名作を生み出しました。大衆にも分かりやすく、親しみやすい旋律が魅力のプッチーニの代表作やおすすめの曲をご紹介いたします。

プッチーニについて

プッチーニは、伝統ある音楽一家の息子として生まれました。

プッチーニがオペラの世界を志したのは18歳のときのこと。イタリアオペラの作曲家として当時すでに大きな名声を博していた『ヴェルディ』の代表作のひとつ『アイーダ』を観て感銘を受け、オペラ作曲家になる決意をしてミラノ音楽院に入学しました。

その後、処女作である『妖精ヴィッリ』を皮切りに、『トスカ』『蝶々夫人』など現代でもイタリアオペラの名作として上演され続ける名オペラを次々と世に送り出すと、世間からの評判をあつめ、イタリアオペラの巨匠と目されるまでになります。そして、最後のオペラ『トゥーランドット』の製作途中に、病により命を落としました。

恋多き美男子で伊達男

プッチーニのエピソードとして有名なのが、音楽家たちの中でも群を抜いているといわれるほどの『伊達男』エピソード。少しタレ目気味の瞳がセクシーな美男子で、いつも身なりに気を遣い、被る帽子の角度にまでこだわるほどだったといわれています。

彼にはエルヴィーラという妻がいましたが、その妻との結婚も略奪愛であったといいます。しかし結婚後も方々で浮名を流していたプッチーニに対して、エルヴィーラは激しく嫉妬し、しばしば暴力的な事件を起こしたため、女性関係のスキャンダルが絶えることはありませんでした。

家庭人としては失格でしょうが、こうした『伊達男』エピソードも、女性の成長や心理を巧みにとらえる彼のオペラ作品に影響を与えているのかもしれません。

ヘビースモーカー

他にも彼の有名なエピソードとして、当時の伊達男らしくパイプや葉巻をよく吸うヘビースモーカーだったという逸話があります。現在も残っている彼の写真の中には、山高帽を少し斜めにかぶり、葉巻をくわえてこちらを見つめる『ザ・色男』な写真があります。

プッチーニの歌声は少し高いテノールだったそうですが、ヘビースモーカーの影響か、話し声はすこしハスキーなバリトンボイスだったそう。そんなところも、女性にモテる所以だったのかもしれません。

新しいものが大好き

他にも、彼はいわゆる『新しもの好き』だったともいわれています。当時はまだ珍しかった自動車をいち早く購入し、しかもその自動車も最新の型が出るたびに次々と乗り換えていました。また、モーターボートを何隻も所有して乗り回していたといわれています。この点でも、目移りしやすい性格だったといえるかもしれません。

プッチーニの代表作

数々のオペラを作曲したプッチーニ。おすすめの有名な曲をご紹介します。どれも一度は聴いたことがあるはずの名作揃いです。

オペラ「マノン・レスコー」1893年

18世紀末のフランスを舞台としたプッチーニの3作目のオペラで、プッチーニの出世作となりました。原作はアベ・プレヴォーの『ある貴族の回想録』という作品。小説であり、ヴェルディの名作オペラにもなった『椿姫』の中でヒロインのマルグリットが読むシーンがあるなど、当時はよく読まれている作品でした。

オペラ「ラ・ポエーム」1896年

全4幕から成るオペラです。原作はアンリ・ミュルジュールの『ボヘミアン生活の情景』。初演は友人のトスカニーニの指揮で成功をおさめました。各地で上演されるたびに人気が高まっていきました。

後にあげる『トスカ』『蝶々夫人』と並び「プッチーニの3大傑作」とされることもあり、現代においても上演が絶えない人気オペラとなります。

オペラ「トスカ」1900年

全3幕なら成るオペラです。古今のオペラの代名詞ともいえる存在で、20世紀最高のオペラ歌手マリア・カラスが何度も出演しました。

フィギュアスケートの定番で、プルシェンコ、本田武史、イリーナ・スルツカヤ、ミシェル・クワンなど多くの選手が競技用プロ技ラムで踊りました。また、人気アニメ「名探偵コナン」や映画「007 慰めの報酬」にも使われました。

ちなみに、意外なことに上演後の批評家からの評価は芳しくなかったそう。この作品に限らず、プッチーニのオペラは直感的にわかりやすく親しみやすい作風から、当時の専門家からは敬遠されやすかった反面、大衆からの人気は絶大だったといわれています。

オペラ「蝶々夫人」1904年

原作はアメリカの弁護士ジョン・ルーサ・ロングの短編小説です。イタリアの作曲家が遠い異国の日本の長崎を舞台とした「蝶々夫人」。アメリカ海軍兵のピンカートンと結婚しますが、ピンカートンはアメリカで別の女性と結婚します。絶望した蝶々夫人は子供を残し自殺します。

『蝶々夫人』はいまや世界で最も有名なイタリアオペラのひとつと言っても過言ではありませんが、初演となった1904年の初演は大失敗だったといわれています。日本という当時の観客に馴染みのないテーマを取り入れたこともあり、普段煙たがられている専門家だけでなく大衆からの評判も芳しくなかったことなどが理由と言われています。

ある晴れた日に

『蝶々夫人』の中で歌われる『ある晴れた日に』は、この作品を代表する最も有名なアリアです。この曲だけ単独で歌われる機会も多く、ソウルオリンピックではスイミングの小谷実可子選手、トリノではフィギュアスケートの安藤美姫選手が踊るなど日本人にとっても馴染み深い作品です。

オペラ「トゥーランドット」1926年

「トゥーランドット」とは、18世紀に出版された『千一日物語』という作品に登場する姫の名前であり、それをテーマに書かれたカルロ・ゴッツイの戯曲のタイトルでもあります。オペラだけで少なくとも12人の作曲家の作品があるほど人気の題材として知られており、中国を舞台にした異国情緒溢れるオペラです。

誰も寝てはならぬ

オペラは知らなくとも、この「誰も寝てはならぬ」というフレーズを聞いたことがある人も多いのではないでしょうか?第三幕で王・カラフが歌い上げるこちらのアリアは、世界三大テノールと呼ばれる名オペラ歌手・パヴァロッティが歌い、全世界で1200万枚以上を売り上げる記録的な大ヒットとなりました。

トリノオリンピックで金メダルを獲得した荒川静香選手が踊りイナバウアを披露した曲として日本人にも印象深い曲です。また、平昌オリンピックで銀メダルを獲得した宇野昌磨選手もこの曲を踊りました。

プッチーニを題材にした作品と博物館

車の運転で大腿骨を骨折する大怪我をしたり、色恋沙汰も多かったプッチーニ。そんな彼が巻き込まれた事件や、ルッカにある博物館をご紹介します。

映画「プッチーニの愛人」2008年

イタリアの映画です。プッチーニ生誕150年を迎えた2008年に上映されました。プッチーニの私生活や文通していた相手をリサーチするために6年の歳月を費やして作られたといいます。1909年にプッチーニの愛人と疑われたメイドが自殺した事件「ドーリア・マンフレーディ事件」の真相を描いています。

プッチーニ博物館

トスカーナ州ルッカで生まれたプッチーニの博物館です。長い修復工事を終え2011年から再開されました。作曲するために使用していたピアノ、オペラ公演で使用された衣装、直筆の楽譜や手紙などが展示されています。

屈指のメロディメーカー

新しいものが大好きで恋多き作曲家といわれたプッチーニ。親しみやすくて人間臭いところがプッチーニの魅力ではないでしょうか。いままで高尚なものとしてつい敬遠していたオペラの世界の入り口として、プッチーニのロマン溢れるオペラを是非鑑賞してみてください。

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