哲学の祖『ソクラテス』を5分で簡単に解説。哲学史は彼から始まった

2019.07.03

ソクラテスが提唱したとされる哲学の基本概念である「無知の知」については、聞いたことがある。でもそれがどうして哲学になるのか?なぜソクラテスは哲学の歴史における重要人物なのか?この記事では、こうした疑問にソクラテスの生涯を追うことで迫ります。

ソクラテスの生きた時代

まず、ソクラテスの生きた時代がどんなものだったのかを確認しましょう。

哲学者ソクラテスとは

ソクラテス(前469年頃-前399年)は紀元前5世紀の古代ギリシアの哲学者です。高校教科書では「無知の知」「知徳合一」のキャッチフレーズでおなじみです。

ソクラテスは一冊も本を書きませんでしたが、彼の言動が後世に伝わっているのは、弟子のプラトンがソクラテスを主人公にたくさん本を書いたからです。よって、わたしたちの知るソクラテス像は「プラトンの著作をつうじたソクラテス像」ということになります。

アテネは全盛期から衰退へ

ソクラテスは古代ギリシアのアテネに生まれ、生涯のほとんどをアテネで過ごしました。ソクラテス誕生時のアテネはペルシア戦争に勝利して、まさに全盛期。ペリクレス指導のもと、民主政を謳歌していました。

しかしソクラテス37歳の頃から、スパルタとのペロポネソス戦争に突入、27年間の争いの末に敗北し、アテネはギリシアでの盟主の座を失います。

ソクラテスが哲学者として活躍したのはこうした時代です。つまりアテネが最盛期から衰退へ向かい、社会が混乱していた時期に、ソクラテスは行動したのでした。

ソクラテスの問答法を見てみよう

では、本を書かなかったソクラテスは何をしたのか?著名人や道行く人をつかまえては、ところかまわず問答をして回ったのです。

以下、プラトンの初期作品『エウテュプロン』から、ソクラテスの問答の様子を見てみましょう。エウテュプロンとは神官の名前、彼は奴隷を殺した父親を訴え出ようとしたときに、ソクラテスから「敬虔とは何か」と尋ねられます。

エウテュプロン「神々に愛でられるものが敬虔です」

ソクラテス「なるほど!ところで、神々も互いに争ったり、意見を異にすることがある」

エウテュプロン「ええ」

ソクラテス「とすると、同一のものが一方では神々に愛され、他方では神々に憎まれることになる。つまり、同じものが敬虔にも不敬虔にもなるのでは」

エウテュプロン「しかし、不正に殺人を犯した者が罰を受けることについては、神々の意見は一致するでしょう」

ソクラテス「では不正とは何か、すべての神々が納得するような形で証拠を出してくれないか」

*プラトン『エウテュプロン』より一部要約

こんな調子でソクラテスは、「敬虔とは」「正義とは」と突き詰めていくのです。エウテュプロンはしまいには急用があるといって退散してしまいます。

ソクラテスの弁明と死

こんな問答を繰り返し行いつづけたソクラテスは評判となり、若者たちが彼をとりまくようになりました。プラトンもその一人です。一方で、問答をふっかけられ返答に窮してしまった人々は恨みを募らせ、ついにはソクラテスを訴えます。

民主政に批判的だったソクラテス

ソクラテスが告発された理由は「異なる神を信じ、また青年を腐敗させた」というものでした。この告発の「青年を腐敗させた」の部分については、少なからず根拠がありました。というのも、ペリクレス亡きあと非民主的政治を押しすすめた2人が、いずれもソクラテスの影響を受けた政治家だったからです。

ソクラテスはアテネの直接民主政に否定的で、彼はライバル国スパルタの国政を讃え、逆にクジ引きで役職が決まるようなアテネの政治手法などを批判していました。こうしたソクラテスの言動が、敗戦後に民主政復活を試みる指導者にとっては「アテネを堕落させた考え」と映ったのです。

保身のための弁明をしなかった

裁判で、ソクラテスは自らの弁明を行いますが、彼の弁明は反省でも情状酌量でもなく、自分の言動は正しかったと主張するものでした。

「問答を繰り返したのは、真理を探求するためである。なぜなら真の知を追求することが魂をより善くするからだ。わたしの行いは国民の魂をより善くしてきたのだから、もしどんな刑がいいかと言われたら、オリンピック優勝者と同じ食事をさせてもらいたい」と。

ソクラテスは陪審員の多数決で死刑となってしまいます。彼は脱獄の機会があったにも関わらず、裁判の結果に従い、毒をあおって亡くなりました。70年の生涯でした。

ソクラテスが哲学の歴史に出てくる理由

このように、ソクラテス自身が何かひとつ哲学体系を生み出したわけではありませんでしたが、ソクラテスの歴史上の意味は、後に続いた2人にこそあります。真理や善を求める態度は弟子のプラトンに受け継がれ、また概念を厳密に定義していくという姿勢は孫弟子アリストテレスに受け継がれました。

プラトンもアリストテレスも、言わずと知れたギリシア哲学の巨人。これが、ソクラテスもまた哲学史上に名を残す理由なのです。

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