軍艦島の歴史について。文化や特徴を知り理解を深めよう

2018.09.08

長崎県の『軍艦島』は、小さな海底炭坑の島として世界遺産に登録される前から、多くの人々をひきつけてきました。この島はどのような歴史をたどり、どんな文化を形成していったのでしょうか。軍艦島の歴史について書かれたおすすめの書籍も紹介します。

軍艦島とは

『軍艦島』は長崎県にある小さな島で、長崎港から南西の海上約17.5kmの位置にあります。現在は無人島ですが、かつては炭鉱の島として栄え、多くの人が暮らしていました。

正式名称は端島

軍艦島と呼ばれるこの島の正式名称は『端島』です。もともとは、草木がほとんど生えない水成岩の瀬で、南北320m、東西120mほどの大きさでした。

端島の名がいつ頃つけられたのかは定かではありませんが、江戸時代に幕府が諸大名に命じてつくらせた国絵図『正保国絵図』には、『はしの島』と記されており、その後の『元禄国絵図』には『端島』と明記されています。

一部では『初島』とよばれていた記録も残っていますが、『軍艦島』と呼ばれるようになった1921年前頃までは、『端島』という名称が一般的でした。

軍艦島の由来

『端島』はいつ頃から『軍艦島』と呼ばれるようになったのでしょうか?

端島で石炭が採れることが分かったのは江戸時代で、明治に入ると本格的に竪坑が掘られるようになりました。

出炭量の増加に伴い、端島に移住する人が増加する中、1921年に地元・長崎日日新聞の紙面で端島がクローズアップされることになります。

その際、海上から写した端島の全景が、三菱造船長崎造船所で建造中だった戦艦『土佐』にそっくりだったのです。記事の中でもそれが話題になり、端島は『軍艦島』と呼ばれるようになりました。

当時の軍艦島では、コンクリートの箱のような鉄筋造りの高層アパートが次々と建設されていました。そのため、島を遠くから見たときに、まるで島全体が大きな軍艦のように見えたのです。

2015年に世界遺産として登録

軍艦島は2015年に『明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業』として、福岡県、山口県などの23施設とともに世界遺産に登録されています。

この遺産群は、1850年代から1910年の間、製鉄・製鋼・石炭・造船業において、西洋の技術が非西洋の国に波及し成功したことを証明するものです。

軍艦島の場合、島全体が世界遺産に登録されたわけではありません。明治時代につくられた『石炭の掘削坑』の部分のみが世界遺産となっています。

その周りを囲む廃墟群は、大正・昭和にかけて建てられた比較的新しいものなので、世界遺産には含まれていないと覚えておきましょう。

軍艦島の歴史

江戸時代に石炭が発見され、そして廃墟になるまでの軍艦島の歴史をたどってみましょう。

開坑と島の拡張

島で石炭が発見されたのは江戸時代後期で、当時は佐賀藩が採炭を行い、規模は小さなものでした。しかし、明治時代に入ると、三菱合資会社が島全体と鉱区の権利を買収します。

島の海底1000mには良質の石炭が眠っていて、主に九州の八幡製鉄所で製鉄用原料に用いられました。

その後、島は『海底炭鉱』として採掘を本格化し、炭鉱マンとその家族が移り住むようになります。炭鉱以外の居住地が少なかったため埋め立てを行い、現在の面積まで拡張されました。

最盛期の1960年には5200人以上の人が暮らしており、人口密度はなんと東京の約9倍だったそうです。これは世界一の記録で、今現在も破られていません。

高層住宅がひしめき、海底水道や屋上庭園など、当時の日本にはなかったスタイルが取り入れられて、『未来都市』と呼ばれるほどでした。

エネルギー革命と閉山

軍艦島の状況が暗転しはじめたのが、1950年代のエネルギー革命からです。

主要エネルギーが石炭から石油に移行すると、出炭量と人口は徐々に減少していき、1974年に、端島炭鉱は閉山となりました。住民は島を離れ、同年の4月には、無人化しています。

軍艦島の特徴

現在は、島に上陸できるツアーも組まれています。軍艦島の特徴や見どころを把握しておくとよりツアーが楽しめるでしょう。

完全な都市として機能

『廃墟』や『ゴーストタウン』というイメージが強い軍艦島ですが、最盛期は多くの人々が暮らし、完全な都市として機能していました。

病院、学校、映画館、商店街、寺院、パチンコホール、スナックなどが存在し、島だけで何一つ不自由ない暮らしができたのです。

平面配置図にした場合、軍艦島は、480m×160mほどの広さしかありません。島の半分以上は鉱場だったため、一般人が暮らす場所は限られていましたが、生活面ではかなり充実していたことがうかがえます。

現在もそのまま残る

1974年に炭鉱が閉山し、無人島となりましたが、新たな操業主を待ち続けた軍艦島は、設備の解体がなされませんでした。

この解体の遅れが、世界でも稀に見るゴーストタウンを生み出したのです。現在も、社宅、神社、映画館、体育館、プール、桟橋、共同浴場など、当時の建物がそのまま残されています。

軍艦島に行ってみよう

軍艦島は、建物の老朽化が進んでいることから、長い間立ち入りが禁止されていました。しかし、2008年に長崎市が条例を制定し、見学道路の整備を始めます。そして2009年より、一般観光客の島への上陸が解禁となりました。

各旅行会社では、『軍艦島上陸クルーズ』や『軍艦島上陸ツアー』と称するツアーを提供しています。

見学できる場所は、桟橋、見学広場(第一見学場・第二見学場・第三見学場)、見学通路(約220m)のみで、島を自由に歩き回ることはできません。

波や風が強いときは上陸できない可能性があるので、天候に気を付けてスケジュールを組みましょう。

軍艦島と文化

外周約1.2kmという小さな離島で、人々はどのような生活を送っていたのでしょうか?軍艦島の文化や人々の生活について解説します。

テレビ普及率

軍艦島は日本の近代化を支えた島で、人々の暮らしはとても裕福でした。炭鉱での労働は過酷なものでしたが、高収入が約束されており、1950年代後半でテレビの普及率はほぼ100%だったそうです。

全国の一般的な家庭にはまだテレビが普及していなかったことを考えれば、かなり優遇されていたことが分かるでしょう。

日本最古の鉄筋コンクリートアパート

軍艦島には、日本最古の高層鉄筋コンクリートアパートがあります。『30号棟』は島を象徴する代表的な建物で、1916年に建設されました。

30号棟は7階建てで、建物の中が吹き抜けになっているのが特徴です。ここには鉱員やその家族が住み、1階には郵便局、公衆電話、理美容院、地下には公衆風呂などの設備がありました。

現在は老朽化が激しく、屋内への立ち入りは禁じられています。長崎市にある『軍艦島デジタルミュージアム』には、30号棟を30分の1サイズに縮小した模型が展示されているので、立ち寄ってみるとよいでしょう。

日本で最初の屋上庭園

鉄筋コンクリートアパートやテレビなど、軍艦島には当時最先端の技術や生活様式がもたらされていました。

しかし一方で、軍艦島はもともと草木があまり育たない岩礁のような地で、植物や畑をするスペースがありませんでした。水の確保が難しいという理由も相まって、植物や緑が著しく欠けていたのです。

そこで考え出されたのが『屋上庭園』です。島に水道管が完備された1957年以降は、アパートの屋上に土を運び、花や野菜を育てる『屋上緑化』が進んでいきました。

収穫を目的にするというよりも、植物がどう育っていくかを子供達に観察させる意味もあったようです。

軍艦島の歴史について書かれた本はある?

軍艦島についてもっと深く知りたいという人は、写真付きの解説書や本を探してみましょう。ここでは、軍艦島の歴史や文化、人々の暮らしぶりが理解できるおすすめの本を2点紹介します。

豊富な写真とともに解説 軍艦島 全景

『軍艦島 全景』は、軍艦島の過去と現在をビジュアルで楽しめるオールカラーの写真集です。

巨大な鉄筋コンクリートアパート群や謎に包まれた鉱業所など、普段は立ち入ることができない島のさまざまなエリアが映し出されています。廃墟と化した街に迷いこんだようなリアルさが感じられるでしょう。

また、過去の写真も随所に織りまぜられているので、最盛期の人々の暮らしぶりも確認することができます。マップや解説も充実していて、この1冊があれば軍艦島に詳しくなれることは間違いないでしょう。

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年表も充実 軍艦島―眠りのなかの覚醒

『軍艦島―眠りのなかの覚醒』は、朽ちゆく軍艦島がもつ『廃虚の美』を映し出した写真集です。

廃墟というと、寂しさや哀れさといった感傷がつきものですが、この写真集では、感傷とは無縁の新たな視点で捉えたありのままの軍艦島に出会うことができます。

新潮社86年刊の収録作品がベースとなっていますが、論文、年表資料などが加わり、内容は非常に充実しています。

著者の雑賀雄二氏は、端島炭鉱が閉鎖される前に島に上陸し、島の人々と会話を交わしながら写真を撮り続けました。

この写真集に収められているのは廃墟後の姿のみですが、巻末には島が捨てられるときの様子や炭鉱で生きる人々の話が文章で載せられており、軍艦島の背景を知るのに役立ちます。

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軍艦島の歴史を知り、理解を深めよう

世界遺産に登録されてから、観光地として広く知られるようになった軍艦島ですが、どちらかというと『ゴーストタウン』というイメージの方が強いのではないでしょうか?

しかし、そこには多くの人々が暮らし、1つの完結した社会を作っていました。日本の近代化を支えた軍艦島をより深く知りたい人は、実際にツアーに参加してみるとよいでしょう。

長崎市内にある『長崎市軍艦島資料館』に足を運ぶのもおすすめです。

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