今も人々を魅了する軍艦島。ノスタルジーに浸る大人の旅へ

2018.09.05

軍艦島は炭鉱島として栄えた半人工島です。当時の日本の最新鋭の設備が投入され、多くの人々が生活していた場所として知られます。閉山後は廃墟と化し、35年間も一般人が立ち入ることができない場所でした。そんな軍艦島の歴史や魅力を紹介します。

軍艦島とは

『軍艦島』という名前は実は正式名称ではありません。島の姿が軍艦に似ていることから、軍艦島という名前で親しまれるようになりました。軍艦島とは、一体どのような場所なのでしょうか。

長崎県長崎市に属する端島の通称

『軍艦島』は、長崎県長崎市にある『端島』の通称です。端島は長崎県から南西18kmの方角に浮かんでいます。

もともとは、岩礁や砂洲がある小さな瀬にすぎませんでしたが、海底から石炭を掘り上げるための炭鉱島として開発が進められ、拡大していきました。

端島での採掘が盛んだった時代、石炭は貴重なエネルギー源であり、日本にはいくつもの炭鉱が栄えていました。長崎県には端島の他にも、高島や池島といった炭鉱島が存在します。

戦艦土佐に似ていた事が名前の由来

端島が軍艦島と呼ばれるようになった理由は、東西に160m、南北に480mと長細い形をしているためです。岸壁をコンクリートで覆って補強しているため、遠くから見ると沖に浮かぶ船のような姿に見えます。

島内には、炭鉱夫や職員が暮らすための住居が所狭しと並んで建てられています。最盛期の島内は世界一人口密度が高い場所でした。当時は、東京の約9倍もの人口密度だったというから驚きです。

石炭の需要とともに増えていく住民の住居を十分に確保するために、縦に住居スペースを拡大していきました。そうして、最終的には遠くから見るとまるで戦艦のように見える形になりました。

大正10年に新聞で『端島の姿が軍艦土佐に似ている』と取り上げられことをきっかけに、軍艦島と呼ばれるようになったといわれています。

明治の日本を支えた重要な産業遺産

石炭は20世紀初頭まで、工業や産業の発展において欠かすことのできない燃料として活用されていました。

江戸時代の末頃には、海外から多くの商船が訪れるようになり、船の燃料として石炭の需要が伸びていきます。

時の佐賀藩藩主はイギリス人の貿易商だったトーマス・グラバーの協力を得て、炭鉱を掘るために洋式の設備を整えました。すると、九州地方にあった他の炭鉱にも技術が広がり、日本の石炭の採掘量が上昇しました。

明治初期には石炭鉱業が日本経済の発展になくてはならない存在となり、国民の生活を大きく向上させたのです。

軍艦島の歴史について

軍艦島へ出かける前に予備知識として備えておきたい、軍艦島の歴史を簡単に解説します。軍艦島が発展した経緯や、閉山に至った背景を押さえておきましょう。

明治23年三菱社が本格的な石炭発掘を開始

端島で大々的な石炭採掘が行なわれるようになったきっかけは、明治23年に三菱社が端島炭鉱を経営することになったことです。

長崎~高島~端島間を社船が運航するようになり、島民の飲料水を確保するための蒸留水機が整備され小学校が開校するなど、端島の住環境が急速に整えられていきました。

明治28年には第二竪坑、翌29年には第三竪坑が完成し、端島の石炭採掘量がどんどん増えていきます。採掘量が増えるとともに埋め立て工事を行ない、島は面積を拡大していきました。

端島炭鉱は明治から昭和にかけて、日本の経済の発展に大いに貢献しました。閉山を迎えるまでの間に1570万トンもの石炭を採掘しています。

昭和49年主要エネルギーの移行により閉山

昭和30年代に入り、中東やアフリカなどの地域で石油の大油田が発見されるようになると、国のエネルギー政策の方向転換によって燃料が『石炭』から『石油』へと変化していきます。

採掘にかかるコストの上昇と石油の価格低下によって端島炭鉱の経営は悪化し、昭和49年に閉山が決定しました。閉山後は住人が次々と島を離れ、無人島となります。

平成21年一部の区画で一般の上陸が可能に

閉山後の端島は人の手による整備がされなくなり、無人島として急速に廃墟化が進んでいきます。

平成13年にそれまで端島を所有していた三菱マテリアルが、高島町(現在の長崎市)に端島を譲渡することになりました。しかし、島内の設備や建物の激しい老朽化により安全面を確保できないとして、一般人の島への立ち入りは禁止されました。

その後、安全面を確保できるように整備をし、平成20年には端島の見学や立ち入りに関する条例が成立します。平成21年には一部の区画に限り、観光スポットとして一般人が上陸し見学できるようになりました。

平成27年7月に世界遺産登録

平成27年に軍艦島は『明治日本の産業革命遺産』として、『世界遺産』に登録されました。明治から昭和にかけて、日本の近代化に大いに貢献してきた点や、端島に残された建物群から日本の経済発展の段階を感じとれる点などが評価を受けたためです。

端島炭鉱の他にも、端島に隣接している高島炭鉱や、長崎市南山手にある旧グラバー住宅などが世界遺産に登録されています。

軍艦島の魅力と見所

軍艦島には、他の場所にはない魅力がたくさん詰まっています。軍艦島のどのような点が人々をひきつけているのでしょうか。

紺青の海に浮かぶ廃墟の島

軍艦島の魅力はたくさんあります。閉山から数十年の間、簡単に立ち入ることができなかった点は、軍艦島が人気を集めている理由のひとつだといえるでしょう。

今ではツアーに申し込めば誰でも訪れることができるようになりましたが、観光スポットとして整備されるまでの間、存在は知られていても上陸するすべのない場所でした。

長い間一般人が立ち入ることができなかったため、いたずらによる落書き被害や損壊などがなく、ありのままの姿を見学することができます。

また、島全体が廃墟としてまるごと残されている点も大きな魅力のひとつです。島に密集して建てられた高層建築物全体が廃墟となっている場所は、世界でも類を見ません。

日本最古の鉄筋コンクリート造高層アパート

端島の大きな見所は、なんといっても地面の隙間を覆いつくすように建てられている、『鉄筋コンクリート製の高層アパート群』です。

端島に残っている高層アパートの中で最も古いものが、大正5年に建築された30号棟です。当時の日本家屋といえば木造の平屋建てが主流でした。日本最古の高層アパートの廃墟を見られる場所は、軍艦島だけです。

現在も変わらぬ町並みと人々の生活の名残

端島を訪れると、石炭を運び出すベルトコンベアの跡地や竪穴跡といった炭鉱跡だけでなく、プールや浴場といった人々の暮らしの痕跡を見学することができます。

軍艦島を語る上で欠かせないものが、最盛期当時の人口密度の高さです。端島の海岸線の合計は1200m、面積は6.3haしかありません。その中に最盛期当時約5000人もの人が暮らしていたため、高層アパートが林立することになりました。

また、住む場所だけでなく、学校、病院、商店、運動場、神社といった生活に欠かすことのできない施設も備えていました。

狭いながらも島民の暮らしは豊かでした。当時、炭鉱夫は高給取りだったため高価な家電を持っている家庭が多く、テレビの普及率はほぼ100%でした。実際に端島で暮らしていた人に言わせると、島にないものは火葬場とお墓くらいだったそうです。

海外観光客も大勢訪れる人気の軍艦島ツアー

軍艦島へはどうやって行けばよいのでしょうか?日本の歴史が詰まっているだけでなく、島全体が廃墟となっている世界的にも珍しい場所とあって、世界中から観光客が訪れます。

観光客が軍艦島へ行く方法を紹介します。

それぞれに特色を持つクルーズ会社を選べる

軍艦島には個人で上陸することはできません。軍艦島を観光する場合、軍艦島ツアーを開催しているクルーズ会社を予約する必要があります。

軍艦島上陸ツアーを行なっているクルーズ会社は5社あります。それぞれ、乗船できる場所や船の種類、ツアー内容などに差があるため、内容をしっかり確認しましょう。乗船料金は3600~4200円程度で、島での見学時間は約1時間となっています。

中には、端島と同じく、世界遺産として認定されている高島へ寄ることができるプランを用意しているクルーズ会社もあります。短時間でより多くの観光スポットを見物したいなら、利用してはいかがでしょうか。

また、利用人数によっては船をチャーターできる会社もあります。団体で利用する際は確認してみると良いでしょう。

上陸には天候や波の具合など条件が伴う

軍艦島は、ツアーに申し込んで予約をとれば誰でも訪れることができます。しかし、荒天時や波の状況によっては上陸できないことがあります。

長崎市が行なった調査によると、軍艦島に上陸できる割合は1年のうち100日程度となっています。

長崎港付近の波は穏やかでも、軍艦島付近は風が強く波が高い場合もあります。とくに台風シーズンや冬季は海が荒れがちなため、上陸できない可能性が高いです。

具体的には波の高さが0.5m以上、風速秒速5m以上などの条件が上陸を見合わせる目安となっていますが、最終的には船長の判断に任せられます。

上陸するなら比較的気候が穏やかな春から秋にかけてが狙い目です。上陸確率が高いことをうたい文句にしているクルーズ会社もあるため、参考にしてみましょう。

ツアーは早めの予約がおすすめ

春~秋の観光シーズンや、ゴールデンウィーク、連休前はどうしても混雑します。確実に軍艦島を訪れたい人は、できるだけ早めに予約をしましょう。

自分でツアーを予約することが面倒な人は、軍艦島遊覧が組み込まれている旅行会社のツアーを利用することもひとつの方法です。

旅行会社によっては、上陸せずに船上からの遊覧のみのプランを販売していることもあるため、プラン内容をよく確認してから予約することをおすすめします。

写真映えするおすすめビュースポット

せっかく軍艦島を訪れるなら、写真映えするスポットを押さえておきましょう。軍艦島の撮影スポットや、見学のポイントを紹介します。

クルーズ周遊した際に船上から見える全体像

軍艦島に上陸する前や離れる際に、船上から全体像を押さえておきましょう。遠くから島を見ると、軍艦島と呼ばれる意味がすぐにわかります。

軍艦島上陸前や上陸後に、島の周辺をぐるりと一周してくれるツアーを選ぶと、立ち入ることができない島の北東部を船上から観察することができます。ただし、天候や波の状況によっては島の周辺を周れないこともあるため、注意しましょう。

また、上陸ポイントはひとつしかないため、すべてのクルーズ会社が同じ桟橋を利用します。桟橋付近は混雑するため、撮影NGスポットとなっています。

総合事務所や30号棟などの見学ルート

島の南西部に設けられた見学ルートに沿って見学していきます。島内は老朽化が激しいため、整備されていない箇所を自由に歩き回ることはできません。

島内には3カ所の見学広場があります。桟橋からすぐそばにある第1見学広場からは、ベルトコンベア跡、貯炭場、島を見下ろすように建てられた3号棟、島の北西部にある65号棟などを望むことができます。

第1見学広場からは、コンクリートの隙間から芽吹く緑と廃墟のコントラストを見ることができます。

かつて『緑なき島』という名前で、端島の生活が映画化されたことがありますが、人の手が入らなくなってからはコンクリートの隙間に緑が増えることになりました。

見学通路に沿って歩くと、第2見学広場があります。第2見学広場からは総合事務所や第二竪坑の跡地を見学できます。そして、第3見学広場からは大正16年に建築された7階建ての30号棟や、25mプールの跡地などを見学することができます。

陸から望めるスイセンの里公園

天候や船酔いなどが理由で軍艦島への上陸が難しい場合は、陸上から軍艦島を眺めましょう。

長崎半島の先端に位置する『スイセンの里公園』は、小高い場所にあります。田ノ子島や軍艦島などを望むことができる絶景スポットです。

園内に1000万球にもおよぶ水仙の球根が植えられており、見ごろの時期は壮観です。水仙が見ごろを迎える毎年1月には、のもざき水仙まつりが開催されます。

映画やドラマなどのロケ地でも有名

軍艦島は、見る人に大きなインパクトを与える場所です。廃墟になった後も、映画やドラマなどのロケ地や、プロモーションビデオの撮影スポットとして利用されてきました。

これまでに軍艦島で撮影された映画やドラマについて紹介します。

実写版 進撃の巨人

講談社の別冊少年マガジンで連載中の人気漫画『進撃の巨人』が実写映画化されました。巨人の襲撃によって、人類が脅かされるストーリーの漫画です。予測がつかない展開や、スリル満載の描写が人気を集めています。

実写版の進撃の巨人は、軍艦島でロケを敢行しました。巨人の襲撃によって荒廃した街がリアルに表現され、CGだけでは表現することが難しい細かい部分まで、臨場感あふれる映像作品に仕上がっています。

一般人が立ち入ることができない区域でロケを行なっているため、どのシーンが軍艦島で撮影されているものなのか、考えを巡らせながら映画鑑賞をしてはいかがでしょうか。

浅見光彦シリーズ 棄霊島

浅見光彦シリーズは内田康夫原作の人気推理小説です。『棄霊島(きれいじま)』は内田康夫の作家生活30周年を記念して制作され、平成23年にフジテレビ系列で放映されました。

閉山後、一般観光客が立ち入ることができるようになった端島で、テレビドラマシリーズのロケが行われたのは棄霊島が初めてです。

ドラマはルポライター浅見光彦が、かつて軍艦島で起こった殺人事件を解決していくという内容です。父、娘、孫と三代に渡る出生の秘密をはらんだ、ドラマチックなストーリー展開が見所の作品となっています。

DVD化されているため、興味のある人はぜひチェックしてください。

B’z MY LONELY TOWN

『MY LONELY TOWN』はB’zの47枚目のシングルCDとして、平成21年にリリースされました。プロモーションビデオを軍艦島で撮影しており、CDジャケットにも軍艦島の写真が使用されています。

曲名とのマッチングや、廃墟となった軍艦島のリアルな姿が撮影されたことで話題を呼びました。20tクレーンの跡地で撮影された空撮シーンや、高層鉄筋コンクリートアパートの前での演奏シーンは圧巻です。

軍艦島をより楽しむなら

軍艦島へ実際に足を運ぶ前に、当時の島の様子がわかる資料に目を通しておくと、島での時間をより有意義に過ごすことができます。

軍艦島の歴史を詳しく学ぶことができるおすすめスポットを紹介します。

軍艦島デジタルミュージアムで映像から学ぶ

『軍艦島デジタルミュージアム』は、最先端のデジタル技術を用いて、在りし日の軍艦島の姿を再現したミュージアムです。

3Dモデリングされた軍艦島の中を、自由に視点を変えながら鑑賞することができたり、当時の軍艦島のアパートの部屋が再現されていたりと、見所いっぱいの施設となっています。

  • 施設名:軍艦島デジタルミュージアム
  • 住所:長崎県長崎市松が枝町5−6
  • 電話番号:095-895-5000
  • 営業時間: 9:00~18:00
  • 定休日:不定休
  • 公式HP

軍艦島資料館で詳しい歴史を知る

『軍艦島資料館』は平成28年にリニューアルオープンしました。館内には写真や資料が数多く展示されています。操業当時の炭坑内での削岩作業や、島民の暮らしぶりなどがわかるものばかりです。

軍艦島資料館に立ち寄るタイミングは、端島に上陸する前がおすすめです。予備知識を入れておくことで、より感慨深い気持ちで島内を見学することができます。

  • 施設名:軍艦島資料館
  • 住所:長崎県長崎市野母町562-1
  • 電話番号:095-893-1651
  • 営業時間: 9:00~17:00
  • 定休日:年末年始(12/29~1/3)
  • 公式HP

郷愁の旅に出かけよう

軍艦島の内部は老朽化が進んでいます。岸壁のもろくなっている部分を補修工事し、見学に支障がないように整備されてはいるものの、将来的には現在の姿のままの島内を見学し続けることが難しくなるとも言われています。

遠くから眺める軍艦島も素敵です。しかし、近くに行く予定があるなら、ぜひ上陸することをおすすめします。生でしか味わうことができないにおいや空気の中で、ノスタルジックなムードを堪能してはいかがでしょうか。

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