伝統芸能の人形浄瑠璃とは?大阪で花開いた人形劇の魅力に迫る

2019.05.15

日本には様々な伝統芸能がありますが、その1つが人形を操る人形浄瑠璃です。まるで生きているかのような人形の動作には独特の魅力があります。人形浄瑠璃の概要、発展の歴史、人形の遣い手など、様々な角度から人形浄瑠璃の魅力に迫っていきます。

淡路島から広まった伝統芸能の人形浄瑠璃とは

人形浄瑠璃の文化は、瀬戸内海に浮かぶ淡路島からやがて日本全国に広まっていきました。その足跡と人形浄瑠璃の要素について見ていきます。

人形浄瑠璃は淡路島から全国に広まった

人形浄瑠璃の源流が登場したのは室町時代の後期です。江戸時代の初期に淡路島の芸人や人形座が積極的に巡業を行って魅力を伝えたことで、全国に広まっていきました。その後、優れた演者や脚本家が登場した大阪などを中心に、人形浄瑠璃の文化が発展していきました。

人形浄浄瑠璃は3つの要素で構成される

人形浄瑠璃は太夫、三味線、人形の3つの要素で構成された人形劇です。太夫は人形浄瑠璃の台本を担当する語り役で、劇に登場する様々な人物になりきって台詞や情景を語ります。

三味線は人形浄瑠の音楽を担当する役で、太く力強い音色が特徴の義太夫三味線が主に使用されます。物語を盛り上げる重厚な音や、娘がすすり泣くような繊細な音など、多彩な音色で舞台を盛り上げます。

人形浄瑠璃の主役ともいえる人形は、人形遣いと呼ばれる人物によって動かされます。人形遣いは3人がかりで1体の人形を動かしますが、これは世界的にも珍しい貴重な構成になっています。

人形浄瑠璃は大阪を中心に発展した

日本全国に広まった人形浄瑠璃は、天下の台所と呼ばれた当時の大阪を中心にその世界観を発展させていきました。その立役者や人形の遣い手について見ていきます。

人形浄瑠璃の名作家、近松門左衛門

人形浄瑠璃は江戸時代の元禄文化において大阪を中心に発展しましたが、その立役者となったのが近松門左衛門です。現在の福井県である越後の国で武家の子として生まれた後、青年時代に京都の公家に仕えて教養や知識を蓄えました。1703年に自身の代表作となる曽根崎心中を上演したところ大当たりし、その後も100以上の人形浄瑠璃の作品を書き上げました。

曽根崎心中は当時の大阪で起こった女郎と役人の無理心中を題材とした作品で、それまで歴史を題材にした歴史物が中心であった人形浄瑠璃のテーマに、町人の目線や人情を扱った世話物というジャンルを新しく加えました。

大阪で花開いた人形浄瑠璃文楽

人形浄瑠璃はその後も大阪で発展していきました。一時的に廃れていた人形浄瑠璃を江戸時代の後期に再び蘇らせた、植村文楽軒という人物が創設した劇場の名称を文楽といいますが、後に文楽が全国的な名声を得たことによって、やがて人形浄瑠璃自体が文楽と呼ばれるようになりました。2003年にはユネスコの無形文化遺産として登録されています。

人形浄瑠璃の遣い手には修練が必要

人形浄瑠璃で使用される人形は基本的に三人がかりで操ります。人形の頭部と右手を担当する主遣い、左手を担当する左遣い、足を担当する足遣いの3役に分かれます。3役が息を合わせて人形を操ることで、命が宿ったような自然で人間らしい動作が可能になるのです。

人形が本当に地面の上で動いているかのように表現するためには、歩く、立つ、座るといった基本的な技術に磨きをかける必要があります。そのため、一人前の人形浄瑠璃の遣い手になるためには、長年の厳しい修行を積むことになります。

遣い手の修行はまず足遣いから始まり、腕が上達するにつれて左遣い、主遣いと進んでいきます。足遣いで10年、左遣いでさらに10年というように、一人前の人形浄瑠璃の遣い手として大成するには長い修練の期間が要求されます。

日本が誇る無形遺産、人形浄瑠璃をもっと楽しもう

人形浄瑠璃は淡路島から全国に広まり、大阪を中心に発展して後に無形遺産として認定された由緒ある伝統芸能です。熟練の人形遣いが3人がかりで操る人形劇は、世界的にも珍しい貴重な様式を誇っています。

生き生きと動く人形だけでなく、様々な人物を演じる太夫の演技や情景豊かな三味線の音色など、人形浄瑠璃には多彩な魅力があります。劇場で演じられる機会もあるので、一度人形浄瑠璃の世界を体験してみてはいかがでしょうか。

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