能と狂言と歌舞伎の違いとは?日本伝統芸能をもっと知ろう

2019.05.08

日本の伝統芸能の代表的存在である『能』ですが、同じく伝統芸能である『狂言』や『歌舞伎』との違いは何かと聞かれると、なかなか難しいのではないでしょうか。日本人なら知っておきたい伝統芸能の基礎知識を、本稿で学んでおきましょう。

能とは

その静けさの中に計り知れない『雅』を内包する能。世界的にも認められるその美しさは確かなものです。しかし、それゆえの厳格な雰囲気が若年層の足を遠のかせてしまっているのもまた事実。近年では能のことについてもあまり知らない方が多いでしょう。ここからはそんな方のために、能の基本的なことについて徹底的に掘り下げていきます。

能面を使った演劇の能

能は、簡単にいうならば『音楽と舞を軸とした演劇』です。基本的には過去に実在した武将や貴人に、または神や怨霊などにフォーカスを当てて、悲劇やホラー的な要素を絡めつつ霊を慰めることを目的としています。演者は『能面』を被り、さまざまな役になりきりながら歌を唄い、踊り、感情を表現します。

能面は様々な顔・表情・役割が存在しており、物語が進行していく中で能面を付け替えて登場人物を変化させるのです。そのため、曲目にもよりますが、能にはあまり多くの登場人物が登場しません。能は1人の人間の物語を様々な形で描く特殊な演劇なのです。

能の歴史

能の起源をさかのぼっていくと、なんと今から1000年以上も前の奈良時代ごろまで行きつきます。大陸から伝わった芸能文化が日本で発展し、能の原型が生まれたといわれています。

ただし、現代につながる能として確立したといえるのは室町時代です。当時の名能楽師親子『観阿弥』と『世阿弥』が時の将軍・足利義満によって価値を見出されたことに始まり、その後は幕府公認の舞台芸術として大名を中心に親しまれ、次第に庶民にも浸透するようになりました。

能は室町幕府が滅んだ後も、諸国大名に手厚いバックアップを受けながら伝統を守り続け、江戸時代になると後述する狂言とともに「高貴な人のための芸能」として確固たる地位を得ます。

その後明治維新により江戸幕府が滅ぶと、バックアップを失った能は相次ぐ家元の廃業や名門流派の消失など、最大の危機を迎えます。

ですが、自国の伝統芸能を保存しようとする時の権力者たちによって再びバックアップを受けると、能は新たに興行を再開し、日本を代表する伝統芸能の一つとなって今日に至るというわけです。

能の舞台

能は、主に専用の舞台である能楽堂を使って行われます。能楽堂は寺社仏閣の敷地内や、または街中のビル内などにも設置されている場合があります。

古き良き日本を感じられる総ヒノキ造りの舞台は、壁などがない独特の形をしており、能であればこそ活かしきれる約18畳の広々とした設計です。また近年では能楽堂がない場所に仮設の舞台を立てて能を行う『薪能』が人気となっており、能楽堂に限らず様々な場所で催されています。

狂言とは

能と近しいイメージがある狂言。近年では著名な狂言師が映画の主演を務めるなどして、その知名度をあげています。しかし狂言は能と同じように敷居が高く、その内容やあり方について詳しく知らない方が多いと思います。そんな方のために、ここからは能と同様に日本が誇る舞台芸術、『狂言』について詳しく解説します。

日常のおかしさを演じる狂言

狂言は基本的に能とセットで演じられます。しかしその内容は大きく違い、能が主に歴史上の人物や神様などをテーマにする悲劇であるのに対し、狂言は「庶民の日常で起こる面白い出来事」をテーマにする喜劇となっています。

物語自体にも歌や舞、能面などの要素はなく、人間同士の会話劇がメインです。そのため能のような厳格な雰囲気ではなく、穏やかで笑いが巻き起こるコメディテイストな楽しみ方ができます。

狂言の歴史

狂言の歴史は能と共にあります。能と狂言は、古くは『猿楽(さるがく)』と呼ばれる演劇の中の一形態であり、セットとして扱われてきました。今日では、能と狂言をセットにして『能楽』と呼ぶこともあります。

狂言は、古くから人を笑わせることについて、その伝統を守りつつ研鑽を積んできたのです。近年ではその伝統を現在の笑いと絡めた『現代狂言』なども催されており、時代に取り残されることなく常に発展し続けていることがわかります。

狂言の舞台

狂言は能と同様に能楽堂を使って催されます。広々とした舞台の上で繰り広げられる庶民のおかしな日常は、幻想的な能とは違った趣のあるコミカルさを放っています。

なお前述した『薪能』では場所によって能だけの場合と、能と狂言のセットで催される場合があり、狂言が行われるのは基本的にファミリー層などが集まる一般向けの薪能となっています。

歌舞伎とは

歌舞伎は能や狂言と同じく日本が誇る伝統芸能です。しかし同じ舞台芸術であるにも関わらず、歌舞伎は能や狂言に比べてポピュラーなイメージがありますが、これはいったいなぜなのでしょうか?ここからは、意外と知らない歌舞伎のことについて詳しく解説していきます。

庶民向けの娯楽の歌舞伎

歌舞伎は、江戸時代ごろまで「貴人のための教養」として扱われてきた能とは異なり、もともとは「大衆向けのエンタメ」として親しまれてきました。テーマも武将の英雄伝や庶民の色恋沙汰など実に幅広く、派手な衣装と演出があるのも特徴です。

歌舞伎の歴史

歌舞伎の始まりは現在から約400年前の江戸時代です。当時の京都に現れた『出雲阿国(いずものおくに)』と呼ばれる女性が男性の格好をして踊った『かぶき踊り』が歌舞伎の始まりとされています。しかしその後すぐに、女性によるかぶき踊りは「風紀を乱す」とされ、禁止となってしまいます。この女人禁制の制度は、現代の歌舞伎にも根強く残っています。

この禁令をかいくぐるために男性が歌舞伎を演じるようになると、歌舞伎は大流行を迎え、数多くの名跡や人気役者が誕生しました。このころに現代にまで続く歌舞伎の基礎が築かれたといわれています。その後は大きな危機を迎えることもなく、今日に至るまで人気大衆芸能としての地位を確立しています。

歌舞伎の舞台

歌舞伎の舞台は、シンプルな能楽堂に比べると様々な趣向が凝らされています。たとえば、客席を通り抜ける『花道』、演者を乗せて回転する『回舞台』、『奈落』とよばれる舞台の地下を利用した演出などといったギミックは、いずれも能楽堂にはないものです。

これらは400年の歴史の中で編み出された技術であり、全ては客を楽しませることを目的とする、歌舞伎らしい伝統の積み重ねといえるでしょう。

能、狂言、歌舞伎の違いとは

ここまで能・狂言・歌舞伎の基本的な知識を解説してきました。3つの伝統芸能の大まかな違いがわかってきたかと思いますが、具体的にどのような違いがあるのかを整理しながら解説します。

「歌舞伎」と「能・狂言」は起源が違う

ここまでくるとおわかりでしょうが、まず『歌舞伎』と『能・狂言』は起源からいって全くの別物です。歌舞伎は先述した通り江戸時代に1人の女性から誕生したものですが、能と狂言の起源は、猿楽として成立した室町時代からさらに前の奈良時代にまで遡ります。

また、歌舞伎が主に大衆向けのエンターテインメントとして生まれ発展してきたのに対し、能・狂言は江戸時代には幕府からの保護を受け主に「貴人」のための芸能としてその伝統を積み重ねたのち、大衆に親しまれるようになっていったということになります。

ともに舞台で行われる日本の伝統芸能ということで混同されがちですが、実はかなり異なるものなのですね。

「能」と「狂言」はテーマと演出が違う

それでは同じ猿楽から生まれた能と狂言の違いはというと、主に「テーマ」と「演出」にあるといっていいでしょう。

先ほども軽く触れましたが、能が「英雄や神を主人公にした悲劇」をメインテーマとしているのに対し、狂言は「庶民を主人公にした喜劇」をテーマとしています。

また、演出の面でも違いがあります。能を演じる役者は能面をかぶり、歌や舞を中心に物語が進むのに対し、狂言師は面をかぶることはほとんどなく、より口語的な親しみやすい会話を中心に物語が進んでいきます。

能・狂言はその起源からセットで扱われることも多いですが、実際に見てみれば違いがよくわかるはずです。

日本伝統芸能を楽しもう

伝統芸能の世界はともすれば敷居が高いように感じてしまいますし、その違いがよくわからないとなればなおさら縁遠く感じてしまいがちです。しかし、能・狂言・歌舞伎は実はテーマも演出もまったく異なり、それぞれに魅力あふれる舞台芸術なのです。

一度見たらその迫力やおもしろさに一瞬で虜になってしまうこと間違いなし。ぜひ本稿の内容を参考に、奥深い日本伝統芸能の世界に触れてみてください。

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