俳句と川柳の違いはなに?俳句と川柳の見分け方が知りたい

2019.04.02

俳句と川柳は似ているようで少し違いますが、見分け方はわかりますか?この二つには大きな違いがあるのです。俳句には欠かせない季語や切れ字についての解説、川柳との違い、さらに短歌、和歌、狂歌などそれぞれの違いと意味を紹介します。

俳句と川柳は似ている

まずは「俳句」と「川柳」の共通点を解説していきます。

リズムは同じ五七五

どちらも五七五の十七音を基本の形としています。これは後程説明する「連歌」から、五七五の部分を独立させたものです。

どちらも起源は俳諧の連歌

連歌とは、鎌倉時代の頃から盛んに詠まれた伝統的な和歌です。元々は上の句と下の句を別々の人が詠むというお遊びが起源と言われています。その後、五七五と七七のリズムを基本に、複数の人が五七五→七七→五七五→七七といったように連続して詠むという形式に変化していきました。一句で終わる形式は「短連歌」といい、反対に連続して続く形式は「長連歌」といい、基本的には百句を一作品としています。この連歌からさらに五七五の部分だけを独立させたもの「俳句」が誕生。その後、俳句よりも自由な詩である「川柳」が誕生しました。ですので、俳句と川柳はどちらも連歌が起源です。

俳句と川柳の違いはこんなにある

川柳と俳句はリズムと起源が同じでしたが、つぎは違うことろの解説です。俳句と川柳には”季語”、”切れ字”、”文体”、”テーマ”とさまざまな違いがあります。1つづつ詳しく見ていきましょう。

大きな違いは季語

俳句では、季語が重要視されているのでなくてはならないものです。反対に川柳は季語がなくても良しとされています。この季語の有無が大きな違いです。また、季語や季題にとらわれないものもありますが、日本のワビサビを大事にする俳句では季語に大きな役割があります。

俳句に必要な季語ってなに?

季語とは、単語によって特定の季節を表現する言葉です。例えば「桜」なら春、「月」なら秋といったようにそれぞれ単語が表す季節は決まっています。季語は自然の事実による「事実の季語」、”冬の海”といったように季節をしていしているものを「指定の季語」、伝統的な観点から季節が約束事として決められた「約束の季語」があります。

無季俳句は賛否両論

無季俳句とは季語が使われていない俳句のことです。この無季俳句は賛否両論あり、俳句には季語を入れるべきかそうでないか、江戸時代からしばしば議論されています。「季語のない俳句なんて」と感じるかもしれませんが、季語のない俳句にはまた違った良さがあり、どちらも良いものです。

俳句には切れ字が必要

連歌から独立した俳句は、切れ字が必要とされました。切れ字とは強く言い切る形で終わる「かな」、「や」、「けり」の3つです。

「かな」は一般的に句の最後で使われ、主に名詞のあとにつけれらることが多くなっています。

「かな」を使用した俳句

  • 「鶯の笠落としたる椿かな(うぐいすのかさおとしたるつばきかな)」松尾芭蕉
  • 「雪とけて村いっぱいの子どもかな(ゆきとけてむらいっぱいのこどもかな)」小林一茶
  • 「帆柱に月待ちながら時雨かな(ほばしらにつきまちながらしぐれかな)」正岡子規

「や」は主に上の五音につけられることが多く、感動を強めています。

「や」を使用した俳句

  • 「閑さや岩に染み入る蝉の声(しずかさやいわにしみいるせみのこえ)」松尾芭蕉
  • 「菊の香や奈良には古き仏達(きくのかやならにはふるきほとけたち)」松尾芭蕉
  • 「春や昔十五万石の城下かな(はるやむかしじゅうごまんごくのじょうかかな)」正岡子規

「けり」は主に文末に使われ、句の締めくくりとなる切れ字です。「~だった。」「~だそうだ。」などの意味があります。

「けり」を使用した俳句

  • 「秋の色糠味噌壷もなかりけり(あきのいろぬかみそつぼもなかりけり)」松尾芭蕉
  • 「赤とんぼ筑波に雲もなかりけり(あかとんぼつくばにくももなかりけり)」正岡子規
  • 「しら梅に明くる夜ばかりとなりにけり(しらうめにあくるよばかりとなりにけり)」与謝蕪村

俳句は文語体、川柳は口語体

俳句は文語体(古い時代の言語)、川柳は口語体(現代の言葉)が一般的です。文語体には口語体にない美しさがあり、俳句の良さを際立たせます。しかし今では俳句にも口語体が用いられるようになりました。

テーマが違う。俳句は自然、川柳は人事

俳句は日本の自然や四季を詠んだものが多く、川柳は人に関してなどのテーマで詠まれることが多くなっています。この違いをわかりやすく説明すると、俳句コンテストで有名な「お~いお茶俳句大賞」や「HAIKU日本大賞」はどちらかというと情景や四季などを大切にしています。一方、川柳コンテストで有名な「サラリーマン川柳」や「あなたが選ぶオタク川柳大賞」はおもしろおかしく、いまの日本の様子や人の様子を表しているもの多いです。もし、応募するなら自分が得意な方を選んで応募してみましょう。

俳句・川柳と、短歌・和歌・狂歌の違い

俳句、川柳、短歌、和歌、狂歌は似たようなものですが、以下のような違いがあります。

  • 俳句・・・季語を使い、五七五の一七音を基本の形とした詩
  • 川柳・・・季語を使わず、五七五の一七音を基本の形ととした詩
  • 短歌・・・和歌の一つで五七五七七で詠まれる歌
  • 和歌・・・長連歌や俳諧などを含まない、五七や五七五といった形の短歌の詩
  • 狂歌・・・社会風刺、皮肉などを取り入れた五七五七七の形を基本とした短歌

短歌と和歌は同じ。リズムは五七五七七

もともと和歌は日本語の詩を意味する言葉として使われていました。しかし、現在和歌とは五七五七七の形式である句を意味する言葉です。ですので、短歌と和歌は同じ「五七五七七の歌」ということになります。

一時的なブーム?皮肉を盛り込む狂歌

狂歌とは、社会風刺や皮肉を盛り込んだちょっと変わった和歌の一種です。平安時代からあったとされていますが、江戸時代中期からよく詠まれるようになり、社会現象化したブームが起きました。狂歌の意味を知ると、その時代人々がどのように思っていたのかがよくわかります。ここで、有名な狂歌とその意味を紹介します。

「泰平の眠りを覚ます上喜撰 たった四杯で夜も眠れず(たいへいのねむりをさますじょうきせんたったしはいでよるもねむれず)」

この狂歌は聞き覚えがある人も多いのではないでしょうか。一見、「上喜撰(宇治の高級茶)を四杯しか飲まなかったのに眠れない」といった意味の歌ととらえるこことができますが、本当の意味は「ペリーが率いる蒸気船が4隻来て、幕府は眠ることができないほどの大騒ぎになった」というペリーが日本に上陸した当時の狂歌です。

「とれば又とるほど損の行く年をくるるくるると思ふおろかさ(とればまたとるほどそんのゆくとしをくるるくるるとおもうおろかさ)」

この狂歌は「年を重ねれば重ねるほど損なのに年の暮れや年の明けをお祝いしても愚かなだけだろう」というような意味です。ほとんどの人は年明けや誕生日はお祝い事として考えていますが、こういった考えがあるとなるほどと思えてしまいますよね。

「親もなし妻なし子なし版木もなし金もなけれど死にたくもなし(おやもなしつまなしこなしはんぎなしかねもなけれどしにたくもなし)」林子平

この狂歌は「両親もいない、妻も子どももいない、版木(印刷をするために木版に絵や文字を掘ったもの)も没収されたから収入もなくお金もない、でも死にたくはない」といった意味です。詠んだままのわかりやすい意味ですね。

俳句も川柳も奥の深い日本の文化

俳句と川柳は親戚のようなものですが、意外と違いがあったんですね。これらは昔に誕生し、昔のものと思うかもしれませんが、現在では俳句も川柳もコンテストなどが開催され、なじみがでてきてちょっとしたブームにもなっています。あなたも素敵な俳句や川柳を一句、読んでみてはいかがでしょうか?

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